「マリアンヌ殿、鍵は……」
そう言って、両手を挙げて手についている鎖つきの手錠を見せた。 マリアンヌ殿は俺の方に歩いてきて、俺の隣に座った。
「持ってきてるわけないよ。鍵持ってきて、取られちゃったら、ヴォルクに逃げられちゃうもん」
そんなこと、するはずがない……。
「それでは、何も持っていないのか?」 「これならあるよ」
そう言って、マリアンヌ殿がポケットから出してきて、俺に渡したのは、レトルトパックに入った『おかゆ』と書かれたけったいなものだった。
「これは、なんだ?」 「ヴォルクが人間になってたらあげるはずだったもの」
「食糧……なのか?」 「うん。私の祖国では、病人が食べるものだよ。食事をしばらく取っていなかった人には最適な食糧だなって思って、持ってきてたの」
これが? 液体のような感じがするから、野菜スープみたいなものか?
「あと、ダイエットにもいいから、そういう目的で食べる人もいるけど、私はあんまり好きじゃないんだよね」
そんなものを……、俺に食べさせようとしていたのか?
「これ、口うつしであげようと思ってたのに」 「え……?」
一瞬、ドキっとした。 そう言えば、今回のことの、やっぱり諸悪の根源のクソったれボケ上司のイングリフ様の書いた小説だと、イングリフ様は瀕死の俺(現実の俺では絶対にありえないが)に、怪しげな食糧を口うつしで与えていた……。
マリアンヌ殿は、その正体がコレだと思ったということか?
俺がそのおかゆとやらを見ていると、マリアンヌ殿がじーっと俺を見つめていた。
「……なんだ?」 「ヴォルク、それ、食べていい?ちょーお腹空いてるんだけど」
……マリアンヌ殿のことだから、そういうことだろうと思った。 俺は、マリアンヌ殿にレトルトパックを渡した。
「ありがと」
食糧を渡されて、マリアンヌ殿はホントに嬉しそうな顔をした。
「元々これは、マリアンヌ殿の物だ」 「そうなんだけど、ヴォルクの食糧、取っちゃうって感じになっちゃうし」
……俺の食糧が、……コレ? ダイエット食品にもなる病人食……。
否、それだけ、栄養価があるってことかもしれないし、体にも優しい食品なのだろう……。
マリアンヌ殿は、レトルトを開けて、中をじーっと見ていた。 その中をちらっと見ると、真っ白い、ドロドロの液体が入っていた……。
アレ、本当に食品なのか? ヨーグルトみたいなもの?
「スプーン、忘れた」 「……俺にそれを言われても」
「あんまりお行儀のいい食べ方しないから、ちょっとこっちみないでね」
そう言って、マリアンヌ殿は俺の顔を手で押して、無理やり横を向かせると、レトルトパックに口をつけて中の白い液体を飲みだした。
「まっず〜。温めたの食べたい〜。腹の足しにならない〜。んめぼし欲しいよぉ〜」
……そんな物を、俺に食べさせようとしていたのか? それに、んめぼしって、何だ? 『ん』から始まる食糧があるのか?マリアンヌ殿の祖国では。
「ヴォルクもいる?」 「……イヤ、いい」
あまり食べたいとは思えなかった……。
「ふーん」
そう言って、マリアンヌ殿はもう一口、おかゆを飲む。 そして、レトルトパックを床に置いて、俺の前に来て、俺の顔を上に向かせると、キスしてきた。
「……!」
口の中に、味のない、ドロドロしたものが流れ込んでくる……。
「美味しい?」
手の甲で自分の口を拭きながら、満面の笑顔のマリアンヌ殿が言った。
……やっぱりこれって、拷問の一種ですか? 俺に何を吐かせたいんですか?
俺には隠しているものなんて、何にもないぞ!
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