「ここから出る方法はないのか?」
マリアンヌ殿に聞いてみる。 一応、ダメ元で……。 たぶん、期待されるようなことは言われないんだろうが……。
「この部屋に鍵はついてないのよ。閂はついてるんだけど。鎖があったから、これで捕えておけば大丈夫みたいな造りみたいだね」
そう言って、マリアンヌ殿は俺についている鎖を指さす。 引きちぎろうとしても、びくともしなかったヤツだ。
ただ、なんだろう? 思っているより、まともな返答……。
「それなら、扉を壊せばいいのか?」
マリアンヌ殿は首を振る。
「獣人に壊せるような扉じゃダメ。ちゃんと直したよ」
勝ち誇ったようにマリアンヌ殿は言う。
そこを自慢げに言われても……。 まあ、鎖が壊せないから、扉まで行けないんだが。
「まさか、壁もか?」 「もちろん」
コクンとしっかりうなずく。
どうしてこういうところはちゃんとしているんだ……。 最悪、壁を壊せばいいと思っていたのだが……。
だが、これらをするとしたら、かなりの力仕事になるのではないか?
「ここの改造、マリアンヌ殿がひとりでやったのか?」
マリアンヌ殿の腕は、細くはないが筋肉質でもない。
「まさか。私は指示しただけで、ほとんどイングリフさんがやってくれたよ」 「はぁ?! なんでイングリフ様が?」
どうして出てくるクソ上司!
「ここはイングリフさんが教えてくれたんだもん。私のしたいこと、何でもできますよって」
「え……?」 何でもできる……?
「イングリフ様、ここに来たのか?」 「ヴォルクを運んでくれたの、イングリフさんだよ」
なんだって?
「それなら、イングリフ様はどこに?」 「帰ったよ。様子を見に来るとは言ってたけど、いつ来るかは聞いてない」
「……様子を見に来る?」
血の気が引いた。 あのイングリフ様が……。
マリアンヌ殿と二人きりのこの状態を見たら……。 というか、さっきのアレを見られてたらと思ったら……。
胃が痛い。
「いつかはイングリフさんが来てくれるから、安心だよね」
マリアンヌ殿はあっけらかんと言った。 この人はホントに……。
「だが、いつ来るかはわからないんだぞ」
焦りがあったため、少し語気が強くなってしまった。 ああみえても、イングリフ様は偉いんだ。
暇そうに見えるけど、なんだかいつも俺の周囲をうろうろしているけど、忙しい獣人なんだ。
けれど、マリアンヌ殿は、それを受け流すような優しい笑みを浮かべる。
「ヴォルクは大丈夫だよ。獣人は丈夫だもん。研究してわかってる」
そんなこと、言って欲しくなかった。 俺が獣人で、マリアンヌ殿が人間でということはもういい。
マリアンヌ殿は獣人の俺がいいと言ってくれる。 彼女は素直にそう思っている。
そのことでくよくよするのはやめた。 マリアンヌ殿に、俺を差別するということはない。
やはり、人間と獣人では、能力の差があるのは明らか。 それなら、獣人の俺は平気だが、人間のマリアンヌ殿は?
そして、マリアンヌ殿は、あの儚げな笑みを浮かべた。
「私が死んでも、ヴォルクは大丈夫」
衝撃が走る。
俺のことなど、見ていないような、どこか遠くを見つめるような……。 でも、その笑顔は、とても穏やかで、聖女のようだった。
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