とある獣人の憂鬱 R 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11

なんとしても、出なければ。

「ここから出る方法はないのか?」

マリアンヌ殿に聞いてみる。
一応、ダメ元で……。
たぶん、期待されるようなことは言われないんだろうが……。

「この部屋に鍵はついてないのよ。閂はついてるんだけど。鎖があったから、これで捕えておけば大丈夫みたいな造りみたいだね」

そう言って、マリアンヌ殿は俺についている鎖を指さす。
引きちぎろうとしても、びくともしなかったヤツだ。

ただ、なんだろう?
思っているより、まともな返答……。

「それなら、扉を壊せばいいのか?」

マリアンヌ殿は首を振る。

「獣人に壊せるような扉じゃダメ。ちゃんと直したよ」

勝ち誇ったようにマリアンヌ殿は言う。

そこを自慢げに言われても……。
まあ、鎖が壊せないから、扉まで行けないんだが。

「まさか、壁もか?」
「もちろん」

コクンとしっかりうなずく。

どうしてこういうところはちゃんとしているんだ……。
最悪、壁を壊せばいいと思っていたのだが……。

だが、これらをするとしたら、かなりの力仕事になるのではないか?

「ここの改造、マリアンヌ殿がひとりでやったのか?」

マリアンヌ殿の腕は、細くはないが筋肉質でもない。

「まさか。私は指示しただけで、ほとんどイングリフさんがやってくれたよ」
「はぁ?! なんでイングリフ様が?」

どうして出てくるクソ上司!

「ここはイングリフさんが教えてくれたんだもん。私のしたいこと、何でもできますよって」

「え……?」
何でもできる……?

「イングリフ様、ここに来たのか?」
「ヴォルクを運んでくれたの、イングリフさんだよ」

なんだって?

「それなら、イングリフ様はどこに?」
「帰ったよ。様子を見に来るとは言ってたけど、いつ来るかは聞いてない」

「……様子を見に来る?」

血の気が引いた。
あのイングリフ様が……。

マリアンヌ殿と二人きりのこの状態を見たら……。
というか、さっきのアレを見られてたらと思ったら……。

胃が痛い。

「いつかはイングリフさんが来てくれるから、安心だよね」

マリアンヌ殿はあっけらかんと言った。
この人はホントに……。

「だが、いつ来るかはわからないんだぞ」

焦りがあったため、少し語気が強くなってしまった。
ああみえても、イングリフ様は偉いんだ。

暇そうに見えるけど、なんだかいつも俺の周囲をうろうろしているけど、忙しい獣人なんだ。

けれど、マリアンヌ殿は、それを受け流すような優しい笑みを浮かべる。

「ヴォルクは大丈夫だよ。獣人は丈夫だもん。研究してわかってる」

そんなこと、言って欲しくなかった。
俺が獣人で、マリアンヌ殿が人間でということはもういい。

マリアンヌ殿は獣人の俺がいいと言ってくれる。
彼女は素直にそう思っている。

そのことでくよくよするのはやめた。
マリアンヌ殿に、俺を差別するということはない。

やはり、人間と獣人では、能力の差があるのは明らか。
それなら、獣人の俺は平気だが、人間のマリアンヌ殿は?

そして、マリアンヌ殿は、あの儚げな笑みを浮かべた。

「私が死んでも、ヴォルクは大丈夫」

衝撃が走る。



俺のことなど、見ていないような、どこか遠くを見つめるような……。
でも、その笑顔は、とても穏やかで、聖女のようだった。



戻る / 目次 / 次へ


目次 / RSS

top

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.30c