番外 第三王子の誕生日
「ん…もう朝かあ。今日はなんだか早くに目が覚めちゃったな。こんな風にここで起きるのも、今日が最後か……」
私が帰国することを伝えると、王子は一応納得してくれた。
ただ、今度開かれる、王子の誕生日を祝う舞踏会には、どうしても出席して欲しいと頼まれて、今日まで出発を延ばしていたのだ。
早く帰国して、クローン技術の勉強がしたかったんだけど……。
「マリアンヌ殿、おはようございます!」
「おはよう、エグザ。今日までお世話してくれて、どうもありがとう」
「身に余るお言葉…ありがとうございます!自分は、マリアンヌ殿にお仕えできたことを、生涯忘れないであります!」
ヴォルクのクローンが完成したら、また戻ってくるつもりではいるけど、それがいつになるかわからないから、みんなには戻ってくるつもりがあるということを言っていなかった。
「私もだよ」
クローンを完成させて戻ってくる頃には、この国も変わっているだろう。
その時、エグザがまた世話係になってくれるとは限らない。
それに、こんな形で去ってしまう私を、また受け入れてくれるかもわからない。
そうなったら、他の国に獣人のデータを送りつけるぞとイングリフさんを脅すつもりではいるけど、できればそんなことは、したくない。
だって、私はこの国が好きだったんだから…………。
イングリフさんに依頼された論文は、完成させるつもりでいた。
ヴォルクには嫌われちゃったけど、その論文がヴォルクのためになるんだったら、私はそれを完成させたいと思った。
「マリアンヌ殿、アルト様から贈り物が届いております」
「え?何だろう」
私はエグザから大きな箱を受け取った。
これ、贈り物としては、大きすぎやしない?
これから祖国に帰るのに、明らかに荷物になるだろうが。
んっとに、これだから世間知らずの王子ってヤツは……。
と、一瞬思ってしまったけど、せっかくアルト様がくれると言っているんだから、それはありがたく頂戴しなければと思って箱を開けた。
「………ドレスだ…うわ、アクセサリーも……。なんだか悪いな」
迷惑だと思ってしまったことが申し訳ないと思ってしまうくらい、それはハンパなく見事なドレスだった。
コレ、高いんじゃないのか……。
どうしてこういうのを給料に反映してくれないのかな?
毎日ちまちま節約して貯めて、手鏡とか論文雑誌とか万年筆とかを、なけなしの賃金で買ってたのに。
国帰って、研究費とかなくなったら、売っぱらおうかな。
それから気を取り直して支度を済ませ、私は舞踏会に向かった。
慣れない格好に少しもたついてしまい、会場に行くのも遅れて、着いた頃にはすでに宴もたけなわという感じだった。
「うわ…すごい…!!さすが王子のための舞踏会。ドレス、プレゼントしてもらってよかったな。私の手持ちのじゃ、場違いだったかも…」
一瞬、気おされてしまったけど、よく見ると、ここまでドレスを着こなしてるのって、私くらいかもしれないと思ってしまった。
このキュートビューティな私に似合いすぎてるんだもん。
やっぱ、知性があふれてしまう私は立っているだけで存在感あるっていうか。
でも、このタイトなドレス、どうして私の体にぴったりなんだろう。
アルト様、どうやって私のサイズを知ったんだ?
少し、ぞっとしなくもなかったんだけど、あまり深く考えるのはよそう。
エグザを使って服のサイズ調べたとかも考えられるし。
そんなことを思っていたら、人型のヴォルクがいた。
チャンスかも……。
獣のヴォルクだとすぐに察知されて逃げられてたけど、人型なら近づける。
ダテに観察していたわけじゃない。
人型のヴォルクにどうやって近づけば気づかれないかくらい、私なら熟知している。
でも、人型のヴォルク、やっぱりかっこいいかも。
おまけに獣の姿にもなれるなんて、ホント、完璧すぎだわ……。
獣の時の、しっぽのもふもふ感。
たまんないわ……。
人の時はかっこよくって、獣の時はあんなに愛くるしいなんて、卑怯なまでにずるいわ……。
避けられてしまうようになって気付いた。
ヴォルクのいない生活が、こんなに退屈だなんて。
武術のことならどんな質問でも答えてくれるし、護身術もできるし。
それなのに、あんなにからかい甲斐があるなんて、奇跡としか言えないわ。
でも、もう、ヴォルクには嫌われちゃったから……。
だから、ヴォルクのクローンを作って、なんでも私のいいなりになるようにすればいいと思った。
あの顔で執事タイプっていうのもいいわよね。
きちっとスーツを着こなして『お譲さま』とか言ってもらうの。
こないだヴォルクの部屋で収集した毛根つきの毛があれば、なんでもできる気がするわ。
できるだけ早く、より完璧なクローンを作るため、私は祖国に帰る……。
ヴォルクのクローンを作り上げ、ずっと一緒に居るためだと思えれば、ヴォルクのいない日常も我慢できるかもしれない。
でも、最後に本物のヴォルクを、記憶に留めておきたい……。
より、完璧なクローンを作るため。
そう自分に言い聞かせ、私はなけなしの勇気を振り絞って、ヴォルクのところに行った。
「マリアンヌ殿……」
ヴォルクはすぐに私に気付いた。
人型でもこんなに敏感なのに、どうして私の気持ちには鈍感なのかしら?
と、少しだけ思ってしまった。
「ヴォルク。会えてよかった。あれから全然会えなかったから」
アルト様が、ドレスをくれて、本当によかったと思えた。
少しでも綺麗な私を、ヴォルクに覚えていてほしいから……。
つーか、かわいすぎだもん、私。
「……国に、帰るのか?」
私はうなずいた。
「いつ?」
「今日。舞踏会が終わったら、夜行列車で帰ろうと思ってるの」
「本当だったんだな。間違いならいいと……、思っていたんだが……」
もしかしたら、ただの社交辞令だったのかもしれないけど、そう言ってもらえて、少しだけ、私の気持ちは明るくなったような気がした。
「うん……」
やっぱ、ヴォルクって、いいな……。
クローンを作ったとして、こんな良い感じの獣人に、なるんだろうか?
私、このヴォルクがいいかもしれない……。
クローン完成したら、クローンをこの国に置いて、本物拉致ってこようかなと、一瞬だけ思ってしまった。
でも、それがムダだということを、私が一番よく知っている。
そんなことをしても、ヴォルクの心はどうしようもない。
それならクローンを躾ける方がいいわ……。
「マリアンヌ殿……。もしよければ、踊ってもらえないだろうか」
思いがけない、ヴォルクの申し出だった。
「喜んで……」
私がそう言うと、ヴォルクはすっと手を差し出した。
白い綺麗な手だった。
その手を取ると、ヴォルクの手が、そっと腰に回る。
それだけで、ふわふわした気持ちになった。
それでもヴォルクは、辛そうな顔で踊っていた。
そんな顔になっちゃうくらい、私のことがキライなんだと思った。
イングリフ様に言われたのかな?
最後くらい、私と踊ってこいって……。
少しだけ、ヴォルクの胸に顔をうずめた。
「ヴォルク、護衛してくれたり、武術について教えてくれたり、本当にありがとう。すごく勉強になったよ」
ヴォルクは何も言ってくれなかった。
でも、私は伝えたいと思った。
今、言わなかったら、きっと、後悔する……。
祖国に帰って、研究に没頭するためにも、言っておかないといけない。
「それと、ゴメンね……。私、研究のことになると、周りが何も見えなくなっちゃうから、ヴォルクのこと、傷つけちゃった……」
しばらく、会場に流れる音楽と、関係ない人たちの声だけが聞こえていた。
もう、これで終わりなんだと思った。
それなら、もう少し一緒に居させてほしい。
そんなことを思っていた。
「そんなことない……。俺が、未熟だったんだ。俺こそ、マリアンヌ殿に、申し訳ないことをした……」
ヴォルクが話してくれたのが、嬉しかった。
「ヴォルクは、何も悪くないよ。研究のためだなんて言って、私、一番大切なことが、見えなくなってた……。研究者として、一番忘れちゃいけないことだったのに……。命を、そんなことに使ったらいけないのに……。ヴォルクの言う通りだよ」
だから、万全を期すために、祖国に帰ってクローンにした。
と、言うのは避けてみた。
一応、ヴォルクも親衛隊員だし、国外でクローンを作ると知れば、なんらかの対策を練ってくると思うし。
あとは、イングリフさんをどうやって撒くかなのよね。
あの人の目を盗むのは、骨が折れそうだわ。
「だが、マリアンヌ殿は、俺のために研究をしてくれているのに、俺はそんなマリアンヌ殿に、あんなことを言ってしまうなんて……」
「違うよ、ヴォルク。あなたは正しい。私が間違っていたんだよ」
「……皆、マリアンヌ殿が去ってしまうことを、悲しんでいる」
「ヴォルクは、悲しんでないんだね……」
「そんなこと……」
「無理しなくていいよ。ヴォルクは、私のことが、キライなんだもん……」
そう言ったら、私の目から、涙が出てきた。
「あれ……」
思っていたことを口に出しただけなのに、涙が、後から後からこぼれてきた。
「ごめん……。私……」
そう言うのが限界で、それだけ言って、ヴォルクから離れた。
あなたに、好きになって、ほしかった……。
でも、無理だよね。
こんな私に、そんなことを言う資格、ないもの。
私は、舞踏会会場を後にした。
私が帰国することを伝えると、王子は一応納得してくれた。
ただ、今度開かれる、王子の誕生日を祝う舞踏会には、どうしても出席して欲しいと頼まれて、今日まで出発を延ばしていたのだ。
早く帰国して、クローン技術の勉強がしたかったんだけど……。
「マリアンヌ殿、おはようございます!」
「おはよう、エグザ。今日までお世話してくれて、どうもありがとう」
「身に余るお言葉…ありがとうございます!自分は、マリアンヌ殿にお仕えできたことを、生涯忘れないであります!」
ヴォルクのクローンが完成したら、また戻ってくるつもりではいるけど、それがいつになるかわからないから、みんなには戻ってくるつもりがあるということを言っていなかった。
「私もだよ」
クローンを完成させて戻ってくる頃には、この国も変わっているだろう。
その時、エグザがまた世話係になってくれるとは限らない。
それに、こんな形で去ってしまう私を、また受け入れてくれるかもわからない。
そうなったら、他の国に獣人のデータを送りつけるぞとイングリフさんを脅すつもりではいるけど、できればそんなことは、したくない。
だって、私はこの国が好きだったんだから…………。
イングリフさんに依頼された論文は、完成させるつもりでいた。
ヴォルクには嫌われちゃったけど、その論文がヴォルクのためになるんだったら、私はそれを完成させたいと思った。
「マリアンヌ殿、アルト様から贈り物が届いております」
「え?何だろう」
私はエグザから大きな箱を受け取った。
これ、贈り物としては、大きすぎやしない?
これから祖国に帰るのに、明らかに荷物になるだろうが。
んっとに、これだから世間知らずの王子ってヤツは……。
と、一瞬思ってしまったけど、せっかくアルト様がくれると言っているんだから、それはありがたく頂戴しなければと思って箱を開けた。
「………ドレスだ…うわ、アクセサリーも……。なんだか悪いな」
迷惑だと思ってしまったことが申し訳ないと思ってしまうくらい、それはハンパなく見事なドレスだった。
コレ、高いんじゃないのか……。
どうしてこういうのを給料に反映してくれないのかな?
毎日ちまちま節約して貯めて、手鏡とか論文雑誌とか万年筆とかを、なけなしの賃金で買ってたのに。
国帰って、研究費とかなくなったら、売っぱらおうかな。
それから気を取り直して支度を済ませ、私は舞踏会に向かった。
慣れない格好に少しもたついてしまい、会場に行くのも遅れて、着いた頃にはすでに宴もたけなわという感じだった。
「うわ…すごい…!!さすが王子のための舞踏会。ドレス、プレゼントしてもらってよかったな。私の手持ちのじゃ、場違いだったかも…」
一瞬、気おされてしまったけど、よく見ると、ここまでドレスを着こなしてるのって、私くらいかもしれないと思ってしまった。
このキュートビューティな私に似合いすぎてるんだもん。
やっぱ、知性があふれてしまう私は立っているだけで存在感あるっていうか。
でも、このタイトなドレス、どうして私の体にぴったりなんだろう。
アルト様、どうやって私のサイズを知ったんだ?
少し、ぞっとしなくもなかったんだけど、あまり深く考えるのはよそう。
エグザを使って服のサイズ調べたとかも考えられるし。
そんなことを思っていたら、人型のヴォルクがいた。
チャンスかも……。
獣のヴォルクだとすぐに察知されて逃げられてたけど、人型なら近づける。
ダテに観察していたわけじゃない。
人型のヴォルクにどうやって近づけば気づかれないかくらい、私なら熟知している。
でも、人型のヴォルク、やっぱりかっこいいかも。
おまけに獣の姿にもなれるなんて、ホント、完璧すぎだわ……。
獣の時の、しっぽのもふもふ感。
たまんないわ……。
人の時はかっこよくって、獣の時はあんなに愛くるしいなんて、卑怯なまでにずるいわ……。
避けられてしまうようになって気付いた。
ヴォルクのいない生活が、こんなに退屈だなんて。
武術のことならどんな質問でも答えてくれるし、護身術もできるし。
それなのに、あんなにからかい甲斐があるなんて、奇跡としか言えないわ。
でも、もう、ヴォルクには嫌われちゃったから……。
だから、ヴォルクのクローンを作って、なんでも私のいいなりになるようにすればいいと思った。
あの顔で執事タイプっていうのもいいわよね。
きちっとスーツを着こなして『お譲さま』とか言ってもらうの。
こないだヴォルクの部屋で収集した毛根つきの毛があれば、なんでもできる気がするわ。
できるだけ早く、より完璧なクローンを作るため、私は祖国に帰る……。
ヴォルクのクローンを作り上げ、ずっと一緒に居るためだと思えれば、ヴォルクのいない日常も我慢できるかもしれない。
でも、最後に本物のヴォルクを、記憶に留めておきたい……。
より、完璧なクローンを作るため。
そう自分に言い聞かせ、私はなけなしの勇気を振り絞って、ヴォルクのところに行った。
「マリアンヌ殿……」
ヴォルクはすぐに私に気付いた。
人型でもこんなに敏感なのに、どうして私の気持ちには鈍感なのかしら?
と、少しだけ思ってしまった。
「ヴォルク。会えてよかった。あれから全然会えなかったから」
アルト様が、ドレスをくれて、本当によかったと思えた。
少しでも綺麗な私を、ヴォルクに覚えていてほしいから……。
つーか、かわいすぎだもん、私。
「……国に、帰るのか?」
私はうなずいた。
「いつ?」
「今日。舞踏会が終わったら、夜行列車で帰ろうと思ってるの」
「本当だったんだな。間違いならいいと……、思っていたんだが……」
もしかしたら、ただの社交辞令だったのかもしれないけど、そう言ってもらえて、少しだけ、私の気持ちは明るくなったような気がした。
「うん……」
やっぱ、ヴォルクって、いいな……。
クローンを作ったとして、こんな良い感じの獣人に、なるんだろうか?
私、このヴォルクがいいかもしれない……。
クローン完成したら、クローンをこの国に置いて、本物拉致ってこようかなと、一瞬だけ思ってしまった。
でも、それがムダだということを、私が一番よく知っている。
そんなことをしても、ヴォルクの心はどうしようもない。
それならクローンを躾ける方がいいわ……。
「マリアンヌ殿……。もしよければ、踊ってもらえないだろうか」
思いがけない、ヴォルクの申し出だった。
「喜んで……」
私がそう言うと、ヴォルクはすっと手を差し出した。
白い綺麗な手だった。
その手を取ると、ヴォルクの手が、そっと腰に回る。
それだけで、ふわふわした気持ちになった。
それでもヴォルクは、辛そうな顔で踊っていた。
そんな顔になっちゃうくらい、私のことがキライなんだと思った。
イングリフ様に言われたのかな?
最後くらい、私と踊ってこいって……。
少しだけ、ヴォルクの胸に顔をうずめた。
「ヴォルク、護衛してくれたり、武術について教えてくれたり、本当にありがとう。すごく勉強になったよ」
ヴォルクは何も言ってくれなかった。
でも、私は伝えたいと思った。
今、言わなかったら、きっと、後悔する……。
祖国に帰って、研究に没頭するためにも、言っておかないといけない。
「それと、ゴメンね……。私、研究のことになると、周りが何も見えなくなっちゃうから、ヴォルクのこと、傷つけちゃった……」
しばらく、会場に流れる音楽と、関係ない人たちの声だけが聞こえていた。
もう、これで終わりなんだと思った。
それなら、もう少し一緒に居させてほしい。
そんなことを思っていた。
「そんなことない……。俺が、未熟だったんだ。俺こそ、マリアンヌ殿に、申し訳ないことをした……」
ヴォルクが話してくれたのが、嬉しかった。
「ヴォルクは、何も悪くないよ。研究のためだなんて言って、私、一番大切なことが、見えなくなってた……。研究者として、一番忘れちゃいけないことだったのに……。命を、そんなことに使ったらいけないのに……。ヴォルクの言う通りだよ」
だから、万全を期すために、祖国に帰ってクローンにした。
と、言うのは避けてみた。
一応、ヴォルクも親衛隊員だし、国外でクローンを作ると知れば、なんらかの対策を練ってくると思うし。
あとは、イングリフさんをどうやって撒くかなのよね。
あの人の目を盗むのは、骨が折れそうだわ。
「だが、マリアンヌ殿は、俺のために研究をしてくれているのに、俺はそんなマリアンヌ殿に、あんなことを言ってしまうなんて……」
「違うよ、ヴォルク。あなたは正しい。私が間違っていたんだよ」
「……皆、マリアンヌ殿が去ってしまうことを、悲しんでいる」
「ヴォルクは、悲しんでないんだね……」
「そんなこと……」
「無理しなくていいよ。ヴォルクは、私のことが、キライなんだもん……」
そう言ったら、私の目から、涙が出てきた。
「あれ……」
思っていたことを口に出しただけなのに、涙が、後から後からこぼれてきた。
「ごめん……。私……」
そう言うのが限界で、それだけ言って、ヴォルクから離れた。
あなたに、好きになって、ほしかった……。
でも、無理だよね。
こんな私に、そんなことを言う資格、ないもの。
私は、舞踏会会場を後にした。
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12話目にあったお話を、16話目に移動しました。