休日のヴォルク(森)
この国の治安は悪くはないが、異国とは違った危険がある。
それを知らない宮廷の客人を護衛するのは親衛隊の役目でもあり、第三王子個人教授のマリアンヌ殿はその護衛すべき対象である。
それなのにマリアンヌ殿は、ひとりでふらふらと町へ出かけてしまう。
どこかに行くのなら護衛をつけるようにと本人にも言ってあるし、エグザにも注意しているが、それらの目をかいくぐってひとりで出かけてしまう。
だが、さきほどマリアンヌ殿はカリエン殿と町に行ったらしい。
別に、カリエン殿が悪いなどとは思っていない。
たとえ先祖が人間を食用とするヴァンパイアでも、女性に節操がなくても、第二王子の教育係になるほどの人物だ。
最低限の節度はわきまえているだろう。
何の心配もない。
あの注意力散漫な足取りで、ひとりで町をうろつかれるより全然良いはずだ。
マリアンヌ殿は買い物に行くと言いながら、劇場や美容院や教会にまで行く。
そんなところにひとりで行くより、ずっと安心じゃないか。
今頃、カリエン殿と劇場に行ったりしているんだろうか。
教会はカリエン殿は入らないだろう。
先祖がヴァンパイアとはいえ、その血はかなり薄まっているし、入れないこともないのだろうがやっぱりいい気はしないだろう。
でも、カリエン殿なら美容院から出てきたマリアンヌ殿に、乙女心をくすぐる言葉とかをかけることが出来るのだろうな。
この前、美容院から出てきたマリアンヌ殿に「どうかな?」と聞かれて「ちゃんとしてるし良いんじゃないか」と答えたら、マリアンヌ殿は非難の目を俺に向けた。
あれで怒らせてしまったのだろうか?
それで、今日はカリエン殿なのか?
それは、護衛失格ということなのだろうか?
美容院から出てきた時の感想が不満だったからといって、それが護衛の能力がないことにはならないだろう?
それに、外見などどうでもいいではないか。
マリアンヌ殿はマリアンヌ殿なわけだし、多少髪型が変わったくらいで、美しさが損なわれるわけじゃなし……。
マリアンヌ殿は世間一般的にも美人だと思う。
でも、俺はマリアンヌ殿が美人でなくても……。
……俺、今、何を考えていた?
落ち着け、俺。落ち着くんだ。
マリアンヌ殿はユニークな方だと思う。
頭でっかちの学者とは違う行動力を感じるし、にこにこしててさりげない優しさとかあるし。
それに、一緒にいて温かい気持ちにさせられる。
あの学者っぽくない天真爛漫な性格がそうさせているのかもしれない。
別に、美人だから好きとかってわけじゃない。
そもそも好きではない。
いや、そうではなくって、好人物だとは思うが、恋愛的な好きではない。
絶対にない。
だが、カリエン殿はそうとは言い切れない。
ヴァンパイアは美女の血を好むんだから、外見は大事な要素だろう。
本当に大丈夫なのか?
なんだか急に不安になった。
まだ戻ってないなら探しに行くか……。
心配ないとは思うが、カリエン殿は素行に多少の問題もある。
第二王子の教育係を疑うようなことはしたくないが、異国人のマリアンヌ殿をお守りするのは親衛隊の大事な役目だ。
そうと気づかれないように行けばいいだろう。
安全だとわかれば戻ってくればいい。
そう思って、一休みしていた朽木から立ち上がった。
……?
誰かの足音が聞こえてきた。
この能天気な足取りはマリアンヌ殿だ。
獣人は森を好む者が多いが、この森にやってくる人間はけっこう限られている。
他に誰かいる気配はなかった。
少し、力が抜けた。
もう帰ってきていたんだ。
探しに行く必要はなくなった。
逃げるべきか、隠れるべきか?
まだ考える間はある。
そう思って、足音を聞いていた。
あ、小走りになった。
止まった。
興味をひくものでも見つけたのか、動く気配がしない。
しばらくじっとしていたようだが、また動き出した。
でも、今度は別の物に気を引かれたようだ。
何をしているんだか……。
それから数回ウロウロして、ようやくマリアンヌ殿が現れた。
そして、俺を見てびっくりしたような顔をした。
「ごめんなさい、驚かしちゃった? 」
驚いたのは、マリアンヌ殿の方だと思う。
「ずっと足音が聞こえていた」
「え、ホント?そんなにドカドカ歩いてた?」
そう言って、マリアンヌ殿は自分の足を見た。
「獣の時は聴覚が良くなるんだ」
「そっか」
マリアンヌ殿は嬉しそうな顔をした。
「森の中をウロウロして、迷子にでもなったのか?」
「違うもん、散歩だもん!」
マリアンヌ殿はムキになったようにそう言った。
「でもねぇ、ここに来るまでに、面白いものいっぱい見つけちゃった」
子供のような笑顔でマリアンヌ殿は言った。
「こんなおっきなキノコでしょ、こんな感じのセクシーな木の根とか、変な形の洞とか」
それを身振りつきで表現していた。
こんな調子のマリアンヌ殿を置いて行ったら、ホントに迷子になって宮廷に帰って来れなくなるかもしれない。
町のような危険はないと思うが、一緒に居た方がいいだろう。
これも、親衛隊員として客人を護衛しなければならないからだ。
決してマリアンヌ殿と一緒に居たいからではない。
「ねぇ、ヴォルクなら、何かすんごく面白そうなもの、知ってるんじゃない?」
キラキラとした笑顔でマリアンヌ殿が言った。
それにしてもマリアンヌ殿は、変な物ばかりに興味をそそられるようだ。
それならこの先にある巨大な苔むした石とか気に入るだろうと思った。
「この先にマリアンヌ殿が気に入りそうな石があるぞ」
そう言って指差すと、マリアンヌ殿の顔がパーっと輝いた。
返事を聞くまでもなく、俺は歩きだした。
「そういえば、今日は町に行ったそうだな。エグザから聞いた」
後ろからマリアンヌ殿の足音が聞こえるのを確認しながら言った。
「ちゃんとカリエンさんと行ったよ」
ひとりで行かなかったぞ、どうだ、偉いかという感じだった。
「楽しかったか?」
「うん!」
元気よくマリアンヌ殿は言った。
「それはよかった」
やっぱり楽しかったんだ。
きっと、カリエン殿にちゃんとエスコートしてもらったんだろうな……。
「でも、ホントはヴォルクと行きたかったんだけどね」
え?
「ここのところずっとヴォルクと一緒だったから、あんまりつきまとったら迷惑かなって思ったの」
心臓がドキっとした。
人間の姿でなくて、良かったと思った。
「第三王子の個人教授の護衛は、親衛隊員の役目でもある。気にしなくていい」
「んっ」
奇怪な声をあげ、マリアンヌ殿ははちきれそうな笑顔でうなずいた。
肯定の意味なのか?
「じゃあ、次の休日は、ヴォルクにお願いするね」
「ああ、構わない」
「約束」
そう言って、マリアンヌ殿は何を考えたのか俺のシッポを握った。
「ふぉ!」
思わずそんな声が出て、片足をついてしまった。
「それはやめろと言っただろう……」
「だって、その手だと指きりできないなって思って」
「そんなのしなくても約束は守る」
そう言って、膝についた土をはらった。
「それってなんか、味気ないじゃん」
そんなの知るか。
それからしばらく行くと、石が見えてきた。
「あれだ」
そう言って巨大な石を示すと、マリアンヌ殿は苔むした石にあっという間に駆け寄った。
「うゎ〜。すっご〜い。苔コケがかわいいっ」
苔がかわいい?
緑色で、踏むと滑るのに。
それになんで苔を二度言う必要がある。
「あれ〜」
マリアンヌ殿は石を見て首をかしげた。
「どうした?」
「この石像、私の国にもあるよ〜」
「石像?」
とてもじゃないけど、俺には石の像にはみえない。
マリアンヌ殿は、慎重な足取りで石に近づいて観察していた。
「専門じゃないからよくわかんないけど、超古代の遺跡?ほら、ここに文字がある。この字、私の国にもあったよ」
え?
マリアンヌ殿の示すところを見ると、確かに字というか落書きに見えなくもないへこみがあった。
でも、俺にはマリアンヌ殿の言うことが、本気なのか冗談なのか、ただの勘違いなのか、よくわからなかった。
やっぱりマリアンヌ殿は理解不能だ。
それを知らない宮廷の客人を護衛するのは親衛隊の役目でもあり、第三王子個人教授のマリアンヌ殿はその護衛すべき対象である。
それなのにマリアンヌ殿は、ひとりでふらふらと町へ出かけてしまう。
どこかに行くのなら護衛をつけるようにと本人にも言ってあるし、エグザにも注意しているが、それらの目をかいくぐってひとりで出かけてしまう。
だが、さきほどマリアンヌ殿はカリエン殿と町に行ったらしい。
別に、カリエン殿が悪いなどとは思っていない。
たとえ先祖が人間を食用とするヴァンパイアでも、女性に節操がなくても、第二王子の教育係になるほどの人物だ。
最低限の節度はわきまえているだろう。
何の心配もない。
あの注意力散漫な足取りで、ひとりで町をうろつかれるより全然良いはずだ。
マリアンヌ殿は買い物に行くと言いながら、劇場や美容院や教会にまで行く。
そんなところにひとりで行くより、ずっと安心じゃないか。
今頃、カリエン殿と劇場に行ったりしているんだろうか。
教会はカリエン殿は入らないだろう。
先祖がヴァンパイアとはいえ、その血はかなり薄まっているし、入れないこともないのだろうがやっぱりいい気はしないだろう。
でも、カリエン殿なら美容院から出てきたマリアンヌ殿に、乙女心をくすぐる言葉とかをかけることが出来るのだろうな。
この前、美容院から出てきたマリアンヌ殿に「どうかな?」と聞かれて「ちゃんとしてるし良いんじゃないか」と答えたら、マリアンヌ殿は非難の目を俺に向けた。
あれで怒らせてしまったのだろうか?
それで、今日はカリエン殿なのか?
それは、護衛失格ということなのだろうか?
美容院から出てきた時の感想が不満だったからといって、それが護衛の能力がないことにはならないだろう?
それに、外見などどうでもいいではないか。
マリアンヌ殿はマリアンヌ殿なわけだし、多少髪型が変わったくらいで、美しさが損なわれるわけじゃなし……。
マリアンヌ殿は世間一般的にも美人だと思う。
でも、俺はマリアンヌ殿が美人でなくても……。
……俺、今、何を考えていた?
落ち着け、俺。落ち着くんだ。
マリアンヌ殿はユニークな方だと思う。
頭でっかちの学者とは違う行動力を感じるし、にこにこしててさりげない優しさとかあるし。
それに、一緒にいて温かい気持ちにさせられる。
あの学者っぽくない天真爛漫な性格がそうさせているのかもしれない。
別に、美人だから好きとかってわけじゃない。
そもそも好きではない。
いや、そうではなくって、好人物だとは思うが、恋愛的な好きではない。
絶対にない。
だが、カリエン殿はそうとは言い切れない。
ヴァンパイアは美女の血を好むんだから、外見は大事な要素だろう。
本当に大丈夫なのか?
なんだか急に不安になった。
まだ戻ってないなら探しに行くか……。
心配ないとは思うが、カリエン殿は素行に多少の問題もある。
第二王子の教育係を疑うようなことはしたくないが、異国人のマリアンヌ殿をお守りするのは親衛隊の大事な役目だ。
そうと気づかれないように行けばいいだろう。
安全だとわかれば戻ってくればいい。
そう思って、一休みしていた朽木から立ち上がった。
……?
誰かの足音が聞こえてきた。
この能天気な足取りはマリアンヌ殿だ。
獣人は森を好む者が多いが、この森にやってくる人間はけっこう限られている。
他に誰かいる気配はなかった。
少し、力が抜けた。
もう帰ってきていたんだ。
探しに行く必要はなくなった。
逃げるべきか、隠れるべきか?
まだ考える間はある。
そう思って、足音を聞いていた。
あ、小走りになった。
止まった。
興味をひくものでも見つけたのか、動く気配がしない。
しばらくじっとしていたようだが、また動き出した。
でも、今度は別の物に気を引かれたようだ。
何をしているんだか……。
それから数回ウロウロして、ようやくマリアンヌ殿が現れた。
そして、俺を見てびっくりしたような顔をした。
「ごめんなさい、驚かしちゃった? 」
驚いたのは、マリアンヌ殿の方だと思う。
「ずっと足音が聞こえていた」
「え、ホント?そんなにドカドカ歩いてた?」
そう言って、マリアンヌ殿は自分の足を見た。
「獣の時は聴覚が良くなるんだ」
「そっか」
マリアンヌ殿は嬉しそうな顔をした。
「森の中をウロウロして、迷子にでもなったのか?」
「違うもん、散歩だもん!」
マリアンヌ殿はムキになったようにそう言った。
「でもねぇ、ここに来るまでに、面白いものいっぱい見つけちゃった」
子供のような笑顔でマリアンヌ殿は言った。
「こんなおっきなキノコでしょ、こんな感じのセクシーな木の根とか、変な形の洞とか」
それを身振りつきで表現していた。
こんな調子のマリアンヌ殿を置いて行ったら、ホントに迷子になって宮廷に帰って来れなくなるかもしれない。
町のような危険はないと思うが、一緒に居た方がいいだろう。
これも、親衛隊員として客人を護衛しなければならないからだ。
決してマリアンヌ殿と一緒に居たいからではない。
「ねぇ、ヴォルクなら、何かすんごく面白そうなもの、知ってるんじゃない?」
キラキラとした笑顔でマリアンヌ殿が言った。
それにしてもマリアンヌ殿は、変な物ばかりに興味をそそられるようだ。
それならこの先にある巨大な苔むした石とか気に入るだろうと思った。
「この先にマリアンヌ殿が気に入りそうな石があるぞ」
そう言って指差すと、マリアンヌ殿の顔がパーっと輝いた。
返事を聞くまでもなく、俺は歩きだした。
「そういえば、今日は町に行ったそうだな。エグザから聞いた」
後ろからマリアンヌ殿の足音が聞こえるのを確認しながら言った。
「ちゃんとカリエンさんと行ったよ」
ひとりで行かなかったぞ、どうだ、偉いかという感じだった。
「楽しかったか?」
「うん!」
元気よくマリアンヌ殿は言った。
「それはよかった」
やっぱり楽しかったんだ。
きっと、カリエン殿にちゃんとエスコートしてもらったんだろうな……。
「でも、ホントはヴォルクと行きたかったんだけどね」
え?
「ここのところずっとヴォルクと一緒だったから、あんまりつきまとったら迷惑かなって思ったの」
心臓がドキっとした。
人間の姿でなくて、良かったと思った。
「第三王子の個人教授の護衛は、親衛隊員の役目でもある。気にしなくていい」
「んっ」
奇怪な声をあげ、マリアンヌ殿ははちきれそうな笑顔でうなずいた。
肯定の意味なのか?
「じゃあ、次の休日は、ヴォルクにお願いするね」
「ああ、構わない」
「約束」
そう言って、マリアンヌ殿は何を考えたのか俺のシッポを握った。
「ふぉ!」
思わずそんな声が出て、片足をついてしまった。
「それはやめろと言っただろう……」
「だって、その手だと指きりできないなって思って」
「そんなのしなくても約束は守る」
そう言って、膝についた土をはらった。
「それってなんか、味気ないじゃん」
そんなの知るか。
それからしばらく行くと、石が見えてきた。
「あれだ」
そう言って巨大な石を示すと、マリアンヌ殿は苔むした石にあっという間に駆け寄った。
「うゎ〜。すっご〜い。苔コケがかわいいっ」
苔がかわいい?
緑色で、踏むと滑るのに。
それになんで苔を二度言う必要がある。
「あれ〜」
マリアンヌ殿は石を見て首をかしげた。
「どうした?」
「この石像、私の国にもあるよ〜」
「石像?」
とてもじゃないけど、俺には石の像にはみえない。
マリアンヌ殿は、慎重な足取りで石に近づいて観察していた。
「専門じゃないからよくわかんないけど、超古代の遺跡?ほら、ここに文字がある。この字、私の国にもあったよ」
え?
マリアンヌ殿の示すところを見ると、確かに字というか落書きに見えなくもないへこみがあった。
でも、俺にはマリアンヌ殿の言うことが、本気なのか冗談なのか、ただの勘違いなのか、よくわからなかった。
やっぱりマリアンヌ殿は理解不能だ。
■作者メッセージ
旧SSの作品を少し書き直して持ってきました。