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とある獣人の憂鬱

佳純

INDEX

  • あらすじ
  • 01 質問に来た悩みの種
  • 02 訓練場での疑問
  • 03 休日のヴォルク(森)
  • 04 第三王子個人教授の論文
  • 05 できすぎた論文
  • 06 任務遂行?
  • 07 任務遂行の続き
  • 08 番外 イングリフ様の憂鬱
  • 09 第三王子個人教授のご乱心
  • 10 ご乱心の続き
  • 11 ヴォルク、落ち込み中
  • 12 第三王子の誕生日の舞踏会
  • 13 舞踏会を後にして。
  • 14 番外 ご乱心時の第三王子個人教授
  • 15 番外 第三王子の誕生日
  • 第三王子の誕生日の舞踏会

    なんで、俺が……。

    という気持ちで、いっぱいだった。
    舞踏会会場に入ったとたん、周囲から痛い視線が向かってくるような気がした。

    たぶん、それは気のせいではない。
    マリアンヌ殿は、それくらい、皆から愛されていたんだ。

    俺のせいでマリアンヌ殿が祖国に帰ってしまうという話を、誰とは言わないけど獣人のくせにいつも人間でいるあの上司が、皆に言ったんだろう。

    この舞踏会の主役のアルト様が、何も言わずに俺を睨みつけていた……。
    マリアンヌ殿が祖国に帰ったら、俺、どうなるんだろう……。

    そうならないためにも、俺はマリアンヌ殿を引きとめなきゃならないんだけど……。
    俺には、その方法が、思い浮かばなかった。

    もう、しかたがないから、当たって砕けろだ。
    そんな気持ちになっていた。

    周囲が会場の入り口を見て、ざわめいた。
    そちらを見ると、マリアンヌ殿がいた。

    ほっそりとした体に、この国のドレスが、よく映えていた。
    みんなが、彼女に羨望の眼差しを送っていた。

    彼女は、ただ美しいだけの人ではない。
    その知性と無邪気さで、誰もが魅了されてしまう。

    不安そうな顔で、周囲を見回し、俺を見るとぱっと表情を輝かせたが、すぐに淋しそうな顔になる。
    そして、マリアンヌどのはこちらにやってきた。

    「マリアンヌ殿」

    近くに来たマリアンヌ殿に声をかけると、少し淋しそうな顔で微笑んで、俺を見た。
    その表情は、息を飲むほどに、綺麗だった。

    「ヴォルク。会えてよかった。あれから全然会えなかったから」

    いつもははちきれんばかりの笑顔をこちらに向けていたが、少し陰りの見える笑顔のマリアンヌ殿は、どこか寂しげで、儚げで、触れたら消えてしまいそうだった。

    マリアンヌ殿は、本当に綺麗だった。
    いつも綺麗だったが、今日は特に綺麗だった。

    「……国に、帰るのか?」

    マリアンヌ殿は、淋しそうな顔でうなずいた。

    「いつ?」
    「今日。舞踏会が終わったら、夜行列車で帰ろうと思ってるの」

    「本当だったんだな。間違いならいいと……、思っていたんだが……」

    その言葉は、ウソじゃない。
    イングリフ様が言ったことなんて、どうでもいい。

    マリアンヌ殿が、俺に触れたくないって思っていたとしても、マリアンヌ殿のいない生活なんて、考えたくもなかった。

    「うん……」

    マリアンヌ殿は、潤んだ瞳で、微笑んでいた。

    この人が、いなくなってしまう…………。
    どうしたら良いのか、わからなかった。

    ただ、イングリフ様が言っていた言葉が、脳裏に浮かんでいた。

    「マリアンヌ殿……。もしよければ、踊ってもらえないだろうか」

    自分でも、どうしてそう言っていたのか、よくわからない。
    そうすることで、彼女が異国に帰ってしまうのを、止められるものなら止めたかった。
    止めることができなくても、少しでも遅らせたかった。

    少しでも、彼女といたかった……。

    「喜んで……」

    嬉しそうにマリアンヌ殿が言った。
    花のような微笑みは、忘れることができないんじゃないかと思った。

    手を差し出すと、マリアンヌ殿は、そのほっそりとした手を、俺の手の上に乗せた。
    彼女の温もりを感じた。

    反対の手を、マリアンヌ殿の腰にまわす。
    彼女に触れることができて嬉しいのに、でも、それと同時に哀しかった。

    多分、俺は、マリアンヌ殿に、何も言えないだろう。
    そして、彼女は彼女の祖国に、帰ってしまう。

    そう思っていると、マリアンヌ殿が、そっと身を預けてきた。

    「ヴォルク、護衛してくれたり、武術について教えてくれたり、本当にありがとう。すごく勉強になったよ」

    これで、もう最後なのかもしれない……。
    そう思ったら、言葉が出てこなかった。

    「それと、ゴメンね……。私、研究のことになると、周りが何も見えなくなっちゃうから、ヴォルクのこと、傷つけちゃった……」

    マリアンヌ殿は、顔をこちらに向けていなかったが、肩が小さく震えているのがわかった。
    泣いている……、のか?

    俺が、マリアンヌ殿に、こんな哀しい思いをさせてしまっているのだろうか?

    「そんなこと、ない……。俺が、未熟だったんだ。俺こそ、マリアンヌ殿に、申し訳ないことをした……」

    マリアンヌ殿は、首を振った。

    「ヴォルクは、何も悪くないよ。研究のためだなんて言って、私、一番大切なことが、見えなくなってた……。研究者として、一番忘れちゃいけないことだったのに……。命を、そんなことに使ったらいけないのに……。ヴォルクの言う通りだよ」

    マリアンヌ殿は、悪くない。
    悪いのは、わけのわからないことを言い出した、イングリフ様だ……。

    イヤ、違う。
    俺が、マリアンヌ殿を、哀しませてしまったんだ……。

    「マリアンヌ殿は、俺のために研究をしてくれているのに、俺はそんなマリアンヌ殿に、あんなことを言ってしまうなんて……」
    「違うよ、ヴォルク。あなたは正しい。私が間違っていたんだよ」

    違う……。
    そうじゃない。
    でも、俺は、それをどう言ったらいいのか、わからなかった。

    「……皆、マリアンヌ殿が去ってしまうことを、悲しんでいる」

    マリアンヌ殿は、みんなに愛されている。
    だから、みんなが、マリアンヌ殿が去ってしまうことを、悲しんでいる。

    それは、間違いない。

    「ヴォルクは、悲しんでないんだね……」
    「そんなこと……」

    絶対にない。
    俺は、マリアンヌ殿が去ってしまうと聞いて、ホントに、どうしたらいいのか、わからなかった。

    「無理しなくていいよ。ヴォルクは、私のことが、キライなんだもん……」

    そう言って、顔をあげて、マリアンヌ殿が俺を見た。
    それまでも充分潤んでキラキラと輝いていた瞳から、ポロっと涙がこぼれた。

    それを見ただけで、俺の思考は停まった……。

    「あれ……」

    そう言って、マリアンヌ殿は、綺麗に着飾って踊っているというのに、いつものように立ち止って、手で涙を拭いだす。

    それでも涙は、後から後からあふれていた。

    「ごめん……。私……」

    と、それだけ言って、マリアンヌ殿は舞踏会会場を、出て行ってしまった。

    「あ……」

    俺は、すぐに彼女にかける言葉が見つからなかった。

    なんか、周囲から、『お前は彼女に何をしたんだ〜』という感じの刺すような、というか、まるで射殺されるような、視線を感じた……。

    でも、そんなの、ホントは関係ない。
    皆にどう思われようとかまわない。

    俺は慌ててマリアンヌ殿を追った。
    わけもわからず追っていた。

    わかっていたのかもしれないけど、とにかく追わなきゃいけないんだと、思った。

    10/10/10 00:05 佳純   

    ■作者メッセージ
    主人公視点だったのを、ヴォルク視点に変えました。
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