第三王子の誕生日の舞踏会
なんで、俺が……。
という気持ちで、いっぱいだった。
舞踏会会場に入ったとたん、周囲から痛い視線が向かってくるような気がした。
たぶん、それは気のせいではない。
マリアンヌ殿は、それくらい、皆から愛されていたんだ。
俺のせいでマリアンヌ殿が祖国に帰ってしまうという話を、誰とは言わないけど獣人のくせにいつも人間でいるあの上司が、皆に言ったんだろう。
この舞踏会の主役のアルト様が、何も言わずに俺を睨みつけていた……。
マリアンヌ殿が祖国に帰ったら、俺、どうなるんだろう……。
そうならないためにも、俺はマリアンヌ殿を引きとめなきゃならないんだけど……。
俺には、その方法が、思い浮かばなかった。
もう、しかたがないから、当たって砕けろだ。
そんな気持ちになっていた。
周囲が会場の入り口を見て、ざわめいた。
そちらを見ると、マリアンヌ殿がいた。
ほっそりとした体に、この国のドレスが、よく映えていた。
みんなが、彼女に羨望の眼差しを送っていた。
彼女は、ただ美しいだけの人ではない。
その知性と無邪気さで、誰もが魅了されてしまう。
不安そうな顔で、周囲を見回し、俺を見るとぱっと表情を輝かせたが、すぐに淋しそうな顔になる。
そして、マリアンヌどのはこちらにやってきた。
「マリアンヌ殿」
近くに来たマリアンヌ殿に声をかけると、少し淋しそうな顔で微笑んで、俺を見た。
その表情は、息を飲むほどに、綺麗だった。
「ヴォルク。会えてよかった。あれから全然会えなかったから」
いつもははちきれんばかりの笑顔をこちらに向けていたが、少し陰りの見える笑顔のマリアンヌ殿は、どこか寂しげで、儚げで、触れたら消えてしまいそうだった。
マリアンヌ殿は、本当に綺麗だった。
いつも綺麗だったが、今日は特に綺麗だった。
「……国に、帰るのか?」
マリアンヌ殿は、淋しそうな顔でうなずいた。
「いつ?」
「今日。舞踏会が終わったら、夜行列車で帰ろうと思ってるの」
「本当だったんだな。間違いならいいと……、思っていたんだが……」
その言葉は、ウソじゃない。
イングリフ様が言ったことなんて、どうでもいい。
マリアンヌ殿が、俺に触れたくないって思っていたとしても、マリアンヌ殿のいない生活なんて、考えたくもなかった。
「うん……」
マリアンヌ殿は、潤んだ瞳で、微笑んでいた。
この人が、いなくなってしまう…………。
どうしたら良いのか、わからなかった。
ただ、イングリフ様が言っていた言葉が、脳裏に浮かんでいた。
「マリアンヌ殿……。もしよければ、踊ってもらえないだろうか」
自分でも、どうしてそう言っていたのか、よくわからない。
そうすることで、彼女が異国に帰ってしまうのを、止められるものなら止めたかった。
止めることができなくても、少しでも遅らせたかった。
少しでも、彼女といたかった……。
「喜んで……」
嬉しそうにマリアンヌ殿が言った。
花のような微笑みは、忘れることができないんじゃないかと思った。
手を差し出すと、マリアンヌ殿は、そのほっそりとした手を、俺の手の上に乗せた。
彼女の温もりを感じた。
反対の手を、マリアンヌ殿の腰にまわす。
彼女に触れることができて嬉しいのに、でも、それと同時に哀しかった。
多分、俺は、マリアンヌ殿に、何も言えないだろう。
そして、彼女は彼女の祖国に、帰ってしまう。
そう思っていると、マリアンヌ殿が、そっと身を預けてきた。
「ヴォルク、護衛してくれたり、武術について教えてくれたり、本当にありがとう。すごく勉強になったよ」
これで、もう最後なのかもしれない……。
そう思ったら、言葉が出てこなかった。
「それと、ゴメンね……。私、研究のことになると、周りが何も見えなくなっちゃうから、ヴォルクのこと、傷つけちゃった……」
マリアンヌ殿は、顔をこちらに向けていなかったが、肩が小さく震えているのがわかった。
泣いている……、のか?
俺が、マリアンヌ殿に、こんな哀しい思いをさせてしまっているのだろうか?
「そんなこと、ない……。俺が、未熟だったんだ。俺こそ、マリアンヌ殿に、申し訳ないことをした……」
マリアンヌ殿は、首を振った。
「ヴォルクは、何も悪くないよ。研究のためだなんて言って、私、一番大切なことが、見えなくなってた……。研究者として、一番忘れちゃいけないことだったのに……。命を、そんなことに使ったらいけないのに……。ヴォルクの言う通りだよ」
マリアンヌ殿は、悪くない。
悪いのは、わけのわからないことを言い出した、イングリフ様だ……。
イヤ、違う。
俺が、マリアンヌ殿を、哀しませてしまったんだ……。
「マリアンヌ殿は、俺のために研究をしてくれているのに、俺はそんなマリアンヌ殿に、あんなことを言ってしまうなんて……」
「違うよ、ヴォルク。あなたは正しい。私が間違っていたんだよ」
違う……。
そうじゃない。
でも、俺は、それをどう言ったらいいのか、わからなかった。
「……皆、マリアンヌ殿が去ってしまうことを、悲しんでいる」
マリアンヌ殿は、みんなに愛されている。
だから、みんなが、マリアンヌ殿が去ってしまうことを、悲しんでいる。
それは、間違いない。
「ヴォルクは、悲しんでないんだね……」
「そんなこと……」
絶対にない。
俺は、マリアンヌ殿が去ってしまうと聞いて、ホントに、どうしたらいいのか、わからなかった。
「無理しなくていいよ。ヴォルクは、私のことが、キライなんだもん……」
そう言って、顔をあげて、マリアンヌ殿が俺を見た。
それまでも充分潤んでキラキラと輝いていた瞳から、ポロっと涙がこぼれた。
それを見ただけで、俺の思考は停まった……。
「あれ……」
そう言って、マリアンヌ殿は、綺麗に着飾って踊っているというのに、いつものように立ち止って、手で涙を拭いだす。
それでも涙は、後から後からあふれていた。
「ごめん……。私……」
と、それだけ言って、マリアンヌ殿は舞踏会会場を、出て行ってしまった。
「あ……」
俺は、すぐに彼女にかける言葉が見つからなかった。
なんか、周囲から、『お前は彼女に何をしたんだ〜』という感じの刺すような、というか、まるで射殺されるような、視線を感じた……。
でも、そんなの、ホントは関係ない。
皆にどう思われようとかまわない。
俺は慌ててマリアンヌ殿を追った。
わけもわからず追っていた。
わかっていたのかもしれないけど、とにかく追わなきゃいけないんだと、思った。
という気持ちで、いっぱいだった。
舞踏会会場に入ったとたん、周囲から痛い視線が向かってくるような気がした。
たぶん、それは気のせいではない。
マリアンヌ殿は、それくらい、皆から愛されていたんだ。
俺のせいでマリアンヌ殿が祖国に帰ってしまうという話を、誰とは言わないけど獣人のくせにいつも人間でいるあの上司が、皆に言ったんだろう。
この舞踏会の主役のアルト様が、何も言わずに俺を睨みつけていた……。
マリアンヌ殿が祖国に帰ったら、俺、どうなるんだろう……。
そうならないためにも、俺はマリアンヌ殿を引きとめなきゃならないんだけど……。
俺には、その方法が、思い浮かばなかった。
もう、しかたがないから、当たって砕けろだ。
そんな気持ちになっていた。
周囲が会場の入り口を見て、ざわめいた。
そちらを見ると、マリアンヌ殿がいた。
ほっそりとした体に、この国のドレスが、よく映えていた。
みんなが、彼女に羨望の眼差しを送っていた。
彼女は、ただ美しいだけの人ではない。
その知性と無邪気さで、誰もが魅了されてしまう。
不安そうな顔で、周囲を見回し、俺を見るとぱっと表情を輝かせたが、すぐに淋しそうな顔になる。
そして、マリアンヌどのはこちらにやってきた。
「マリアンヌ殿」
近くに来たマリアンヌ殿に声をかけると、少し淋しそうな顔で微笑んで、俺を見た。
その表情は、息を飲むほどに、綺麗だった。
「ヴォルク。会えてよかった。あれから全然会えなかったから」
いつもははちきれんばかりの笑顔をこちらに向けていたが、少し陰りの見える笑顔のマリアンヌ殿は、どこか寂しげで、儚げで、触れたら消えてしまいそうだった。
マリアンヌ殿は、本当に綺麗だった。
いつも綺麗だったが、今日は特に綺麗だった。
「……国に、帰るのか?」
マリアンヌ殿は、淋しそうな顔でうなずいた。
「いつ?」
「今日。舞踏会が終わったら、夜行列車で帰ろうと思ってるの」
「本当だったんだな。間違いならいいと……、思っていたんだが……」
その言葉は、ウソじゃない。
イングリフ様が言ったことなんて、どうでもいい。
マリアンヌ殿が、俺に触れたくないって思っていたとしても、マリアンヌ殿のいない生活なんて、考えたくもなかった。
「うん……」
マリアンヌ殿は、潤んだ瞳で、微笑んでいた。
この人が、いなくなってしまう…………。
どうしたら良いのか、わからなかった。
ただ、イングリフ様が言っていた言葉が、脳裏に浮かんでいた。
「マリアンヌ殿……。もしよければ、踊ってもらえないだろうか」
自分でも、どうしてそう言っていたのか、よくわからない。
そうすることで、彼女が異国に帰ってしまうのを、止められるものなら止めたかった。
止めることができなくても、少しでも遅らせたかった。
少しでも、彼女といたかった……。
「喜んで……」
嬉しそうにマリアンヌ殿が言った。
花のような微笑みは、忘れることができないんじゃないかと思った。
手を差し出すと、マリアンヌ殿は、そのほっそりとした手を、俺の手の上に乗せた。
彼女の温もりを感じた。
反対の手を、マリアンヌ殿の腰にまわす。
彼女に触れることができて嬉しいのに、でも、それと同時に哀しかった。
多分、俺は、マリアンヌ殿に、何も言えないだろう。
そして、彼女は彼女の祖国に、帰ってしまう。
そう思っていると、マリアンヌ殿が、そっと身を預けてきた。
「ヴォルク、護衛してくれたり、武術について教えてくれたり、本当にありがとう。すごく勉強になったよ」
これで、もう最後なのかもしれない……。
そう思ったら、言葉が出てこなかった。
「それと、ゴメンね……。私、研究のことになると、周りが何も見えなくなっちゃうから、ヴォルクのこと、傷つけちゃった……」
マリアンヌ殿は、顔をこちらに向けていなかったが、肩が小さく震えているのがわかった。
泣いている……、のか?
俺が、マリアンヌ殿に、こんな哀しい思いをさせてしまっているのだろうか?
「そんなこと、ない……。俺が、未熟だったんだ。俺こそ、マリアンヌ殿に、申し訳ないことをした……」
マリアンヌ殿は、首を振った。
「ヴォルクは、何も悪くないよ。研究のためだなんて言って、私、一番大切なことが、見えなくなってた……。研究者として、一番忘れちゃいけないことだったのに……。命を、そんなことに使ったらいけないのに……。ヴォルクの言う通りだよ」
マリアンヌ殿は、悪くない。
悪いのは、わけのわからないことを言い出した、イングリフ様だ……。
イヤ、違う。
俺が、マリアンヌ殿を、哀しませてしまったんだ……。
「マリアンヌ殿は、俺のために研究をしてくれているのに、俺はそんなマリアンヌ殿に、あんなことを言ってしまうなんて……」
「違うよ、ヴォルク。あなたは正しい。私が間違っていたんだよ」
違う……。
そうじゃない。
でも、俺は、それをどう言ったらいいのか、わからなかった。
「……皆、マリアンヌ殿が去ってしまうことを、悲しんでいる」
マリアンヌ殿は、みんなに愛されている。
だから、みんなが、マリアンヌ殿が去ってしまうことを、悲しんでいる。
それは、間違いない。
「ヴォルクは、悲しんでないんだね……」
「そんなこと……」
絶対にない。
俺は、マリアンヌ殿が去ってしまうと聞いて、ホントに、どうしたらいいのか、わからなかった。
「無理しなくていいよ。ヴォルクは、私のことが、キライなんだもん……」
そう言って、顔をあげて、マリアンヌ殿が俺を見た。
それまでも充分潤んでキラキラと輝いていた瞳から、ポロっと涙がこぼれた。
それを見ただけで、俺の思考は停まった……。
「あれ……」
そう言って、マリアンヌ殿は、綺麗に着飾って踊っているというのに、いつものように立ち止って、手で涙を拭いだす。
それでも涙は、後から後からあふれていた。
「ごめん……。私……」
と、それだけ言って、マリアンヌ殿は舞踏会会場を、出て行ってしまった。
「あ……」
俺は、すぐに彼女にかける言葉が見つからなかった。
なんか、周囲から、『お前は彼女に何をしたんだ〜』という感じの刺すような、というか、まるで射殺されるような、視線を感じた……。
でも、そんなの、ホントは関係ない。
皆にどう思われようとかまわない。
俺は慌ててマリアンヌ殿を追った。
わけもわからず追っていた。
わかっていたのかもしれないけど、とにかく追わなきゃいけないんだと、思った。
■作者メッセージ
主人公視点だったのを、ヴォルク視点に変えました。