連載小説
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温度の調和
何を思ったのか
唐突に木を育てる事を提案したイリス様と
オレは日曜日に街へ来ていた

テントを張って色とりどりの果物を並べて
道行く人に声をかけるもの
日傘をさした貴婦人に声をかける画家
人をあつめて芸を披露する者
相変わらず街は賑やかだった

「う〜ん、どの苗がいいかなあ?」

イリス様は青空市場でいろんな顔をしながら苗を見比べていた

「やっぱり大きくなって長生きなスギがいいよね!
 セコイヤアオスギってあるかな?」
「はあ…」

…聞いたことがない

「すみませ〜ん!スギありますかぁ〜?」

イリス様は元気良くそこの店番の人に聞いていた

「そんなもん無いぞ」

体格のいいそこの店番の人は答えた
オレだって知らない

「えっ?そうなの?」

そう言いながらイリス様はオレの方を振り向いた
と思ったらすぐにうつむきなんだかうんうん唸っていた

なんだかイリス様を見ていると飽きない
ただ見ているだけなのに
周りの喧騒なんてまるで遠くの方から聞こえてくるように思えた

またイリス様はオレの方を振り向いた
今度はなんだか晴れ晴れとしたような顔だった

「じゃあナラをください!」

そう言うとまたオレの方を向く

「それならいくらでもあるぞ」

今度はヒマワリのような笑顔だった


「…よかったんですか?」

用も済み街中を歩きながら
ウィンドウショッピングをしていたイリス様にそう尋ねる

「ん?何が?」

今も楽しそうにしているイリス様にそう聞き返された

「えっと、本当に植えるのはナラで良かったのかと…」

ナラなんてここらにはたくさん生えている
わざわざそれを買って育てようというイリス様の思考が読めない

気分の昂揚しているイリス様とオレには空気の差が有りすぎて
なんだか自分が場違いな気がした

「うん!」

イリス様は立ち止まりそう答えた

迷いなく返事をされるとオレはもう何も言えなくなった

再び歩き出すと今度は髪を弄びだした
何か考えているらしい

「ちょっと美容院に行くね」

「あ、はい」

言うが先かすぐ隣りにあった美容院に入った

全くいつもイリス様の行動は突然だ
今そばにはイリス様はいない
スイッチでもあったのではないかと疑えるくらいに
いきなり喧騒が耳元で聞こえてくる
…いやこれはノイズだ

耳を塞ぐ
いつもはこんなことしないのに
今はなぜだか耐えられない

思いっきり抑える
完全に音が遮断されると
思い出したように耳に痛みを感じた
その痛みが今のオレを落ち着かせた

ゆっくりと手を離す
すぐに喧騒が耳に入る
手を下ろす
まだ少し抑えてたところがズキズキと痛んだ

「髪型を整えてもらってきたよ」

「え、あ…はい…」

突然のイリス様の声ににうまく言葉が返せない

「変かな?」

そんなオレの態度に不安をいだいたのか
毛先が揃った髪を撫でながら上目遣いにそう来てくる

「いいえ!お綺麗です!」

オレは咄嗟にそう答えていた

「あ、じゃなくて…ええと、すみません……」

言いながらオレはイリス様から視線をそらしていた

オレは何を言っているのだろう
考えるよりも先に言葉が出るなんて

「よかった」

そんなオレを見ていたイリス様は
いたずらが成功した子供のように微笑んだ

「楽しい?…シュイエ」

ああそうか

やっと、わかった
なんで今日はいつもより不安に対して恐怖を抱いたのか

オレはこの人といるとこんなにも…


オレは答えていた

迷いのない2文字を
11/12/07 18:40更新 /
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