連載小説
[TOP][目次]
優しい言葉
「そういえば、今日は
 イリス様のお部屋の近くの庭の手入れをする日か…」

あれ?
今声に出して言った気がする

冷たい壁に独り言が吸い込まれた後で
なんだか顔が熱くなった

オレ最近やっぱり変になったのかな

そんなことを思いながらも
手入れ道具を持って今日の仕事場へ向かう


「あ…イリス様、何されてるんですか!?」

気付くとそこには土色にまみれたイリス様が
地面にうずくまって何かをしていた

「え、ちょっと、草むしりを……」

「そんなことオレがやりますから!」

遮るようにそう言ったオレに
驚いた顔をしたイリス様は
すぐに微笑んだ

「たまにお手伝いしてもいいかな?
 自分が住んでるところだし、
 この国のお庭にも興味あるんだ」

子供に言い聞かせるみたいに
ゆっくりと言葉を選んでイリス様は言った

「はい、イリス様がなさりたいなら
 オレは全然構いませんが……」

これはわざとだろうか
それとも素でこういうことをするのだろうか
もし素でこういう言動をとるのなら
イリス様はすごい人だな

きっと自分でも気付かないうちに周りの人へ
幸せを振りまいているのだろう

オレの知らない人たちにも

「そう?よかった!ありがとっ!」

そういうイリス様の表情はいつもひまわりのように暖かい

「ですが・・・」

そう言ったオレにイリス様は少し不思議そうな顔を向けた

「その前に顔を拭いてくださいね」

そのままでいられると
遠い昔の水たまりに映ったダレかの顔を思い出してしまうから

・・・感傷に浸るなんてらしくないな

オレは言いながらイリス様の頬についた土色の汚れを親指で拭った

「っ!」

イリス様の息を呑む声が聞こえてオレは気がついた

「あ!す、すみませんっ」

オレはなんて事をしていたんだ!
恐れ多くも自分から第三王子の教授様に触れてしまった!

「だ、大丈夫だよっ!ただちょっとびっくりしただけで・・・」

言いながら顔をうつむかせ視線を泳がせている
髪の間から覗いている耳はとても真っ赤だった

どうしよう!?
とても怒ってらっしゃる!
イリス様はお優しいからこうおっしゃているが
オレなんかに触れられることは汚らわしいことなのに!

オレは悶々としていた
その間イリス様も言葉を発しておらず
しばらくの沈黙が続いたようだった

気がついたようにイリス様は激しく袖で顔を拭った

「どうかな?綺麗になったかな・・・」

イリス様は縮こまり指先をいじりながらこう言った

「あ、は、はい!」

オレはすぐに言葉を発することができず
息を詰まらせながらやっとのことで答えた

「えへへ、よかった」

イリス様はいたずらっぽくそう言った

「すみません!オレなんかが口出しをしてしまって!
 あの、いや、それ以上に汚らわしい手で触れてしまい
 えっと、浄化できるかわかりませんがすぐに消毒を・・・」

「シュイエ」

言葉もまとまらず動揺を隠しきれないまま
話し続けてたオレの言葉を遮り
優しく名前を呼んだ

「汚らわしいってどういうこと?
 オレ“なんか”っていうのも・・・
 なんでそんなこと言うの?」

イリス様は悲しそうに言った

「それはっ!」

「言ったでしょ?ちょっとびっくりしただけだって
 私は汚らわしいだとかって思ってない!
 オレなんかって言われると私が悲しくなる!
 だから自分を卑下にするようなことは言わないで!」

言い終わると
イリス様は声を押し殺すように泣いた

泣いているのはイリス様のはずなのに
その手はずっとオレの頭をなで続けていた
12/02/14 21:43更新 /
戻る 次へ

TOP | RSS

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.30c