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『マスター、彼女は?』 『ああ、あの子は私の弟子となる子だよ。名前はフィルーラ。フィーと呼んであげればいい』 『そう、ですか』 マスターに紹介された、幼い少女。 『でも、どうしてあの子何ですか?』 『お前なら分かると思ったのだが?』 相変わらず背を向けたままそう答えるマスターの姿勢に、そっとため息をつく。 『……私達悪魔を、呼び寄せる力を持っているから。ですか』 『ああ、そうだ。だから私の手元に置くことにした』 『……私が、彼女に悪影響を及ぼすことは考えなかったのですか?』 『考えなかったわけではない。だからこそ、コレを彼女用に作った』 そう言って差しだされたのは、香水瓶にはいった香水のような液体。 『それに』 やっとマスターは手を止めてイスに座り、自分をじっと見据えた。そして揺るぎない声で、あまりにも幸せな魔法の言葉を口にした……。 『お前なら大丈夫だろう』 マスターに突然紹介された、幼い人間の少女。 『……』 『!』 にこぉっと、無邪気に向けられた笑顔。 いつかの日にみた、綺麗な笑顔。 このあどけなく、可愛い彼女を護ろうと決めた。 * 『貴女は?』 『ベルゼビュートに用があるの。呼んで頂けるかしら?』 『かしこまりました』 突然現れた女性の言いなりになるのは癪に少しばかり障ったが、それでもあの人をこうも堂々と呼び捨てにできる人間なんてまずいない。それ相応の対応をしなければいけない。 『やぁ、お嬢さん。いらっしゃい』 『その人は?』 あの人は彼女の質問に、アッサリと答える。 『こっちは私の秘書で、ハーベンティだ』 『そう。初めまして、ハーベンティ。私はフィーよ』 『初めまして』 『で、ベルゼ。今日は何の用で私を呼んだの?』 『ああ、君に……』 と、気軽にベルゼビュート様を愛称で呼び捨て、慣れ慣れしくベルゼビュート様に話しかける生意気な人間の小娘。 それが、初めて会った時の印象だった。 * 『貴方がベリアル?』 『そうだが。会ったことがあったかな? 一度会った奴のことは忘れないんだが』 突然裁判所の入り口付近で声をかけられた。その相手はまだ幼い女性になる前の少女だが、その顔に見覚えはない。一度見た奴のことは忘れないし、それに彼女の容貌は印象に残りやすい。 『いいえ、初対面よ。私はフィルーラ。初めまして』 『ああ、そうだったか。初めまして、お嬢さん。で、どうして私の事を知っていたのかな?』 『ベルフェゴールに聞いたの』 『そうか』 『自分から恨みを買って出るなんて、モノ好きな悪魔なのね』 『それは褒め言葉として受け取ってもいいのかな?』 『お好きなように』 と、中々に楽しそうなお嬢さんだと。彼女に初めて会った時の第一印象だった。 * 『やあ、可愛いお嬢さん。どうしたの、迷子かな?』 『いいえ。気分転換に、この辺りまで来ただけよ』 『そう。お嬢さんの名前は? 俺の名前は、クロセル。呼び捨ててくれてかまわないよ』 『フィーよ。一つきいても訊いてもいいかしら?』 『なんでもどうぞ。俺に応えられることなら』 『どうして悪魔なのに、教会の連盟の神学校で教師をしているの?』 『さぁ、どうしてだろうね』 ふふふと微笑むと、彼女は興味なさそうに「あ、そう」と返事を返しただけ。 面白そうな人間だと、彼女の第一印象はそう決まった。 * 『おい、そこで何をしている』 『貴方は?』 『俺が先に質問しているんだ』 『友人に届け物をしてきただけよ』 『悪魔と友人か、』 『ええそうよ。何か?』 『お前は悪魔と人間が対等にいられると思っているのか?』 『思わないわ。でも、少なくとも今のところ危害を加えるつもりは相手にないもの』 『俺の名は藺慶嘩(リン・インファー)だ』 『そう。私はフィルーラよ。フィーと呼んでちょうだい』 【悪魔と友達】だと言う、バカな小娘。それが彼女への第一印象だ。 それでも興味を引かれたのは確かで。 * 『おや、可愛いお嬢さん。どうしたんだい?』 『アスタロテに会いにきたのよ』 『ほぅ。君が最近姉のお気に入りの人間のお嬢さんか』 『じゃあ貴方はアスタロト?』 『ああ、そうだよ。ふふ、姉が俺のことを教えていたとは意外だな』 『違うわ。他の看護士たちが噂しているのを聞いたのよ』 『なんだ、そうか。残念』 姉のお気に入りの人間のお嬢さん。 何かと楽しめそうだと、そう彼女への第一印象は決まった。 * 『君は、フィルーラか?』 『ええ、そうよ。貴方は?』 『俺はオリアスだ』 『ああ。あの、堅物って聞いていた』 『――どうせ、アスタロト辺りから聞いたんだろう?』 『そうよ。堅物で、遊びもろくにしない真面目腐った男だって』 『全くあいつらは』 悪びれる様子もなく、そう言う人間の少女。 それでも馴染みの香水店の主人の弟子だと言う少女に、少し興味を持った。 良くも悪くも素直だと言うのが少女への第一印象だった。 * 『……何、してるの?』 『あらごめんなさい。先客がいたのね。誰もいないと思っていたから』 『お姉さんは?』 『私はフィルーラよ、初めまして』 『…じめ、まして』 『ねぇ、貴方さえよかったら。しばらくここに一緒にいてもいい?』 『……うん、いいよ』 『ありがとう』 突然現れた人間の女の人。 ふわっと微笑んでお礼を言う表情が、とても綺麗な人だと思った。 それが彼女の第一印象。 * 『そんなトコロでなにやってんだ、お前』 『別になにも。そういう貴方は?』 『別になにも』 『そう』 特に言葉を交わすわけでもなく。 お互いにただ、しばらく黙ったまま空を見上げていた。 不思議と不快感はなかった。 傍にいても大丈夫な人間。それが彼女の第一印象だ。
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