夕暮れ BACK NEXT

 それで、だ。
 なんでわたしはここにいるんだろう。

「のぞくだけ、のぞくだけだからね……」

 誰に言うともなしに、呟く。
 肩まである髪をいじくる。癖っけのあるそれは、せっかくブラッシングしてきたのに、既にふわふわと跳ねまくっている。
 そう、図書館の帰りにちょっとのぞいてみるだけ。わざわざクロセルに会いに来たわけではない。この公園がなんかインスピレーションを得れそうだったから!
 わたしは、そうっと木立から中をうかがった。

「いな、い……?」

 中に人影は見当たらない。
 なんだ、と拍子抜けすると同時に、なんとなく胸に広がる喪失感。
 そう、か。いないときもあるのか。何よ大体ここにいるって言ったのに。

「あれ。リリー?」

「ぅわぁっ!?」

 背後からのテノールに、心臓が跳ねる。
 くるりと振り向くと、鳶色の瞳を少し見開かせて、クロセルがたたずんでいた。

「もう二度と来ないかと思ってた」

「ちょ、ちょっと通りかかっただけ!」

「ふうん…。まあいいけど」

 くすりと笑んで、クロセルはすたすたといつもの場所へ向かう。ベンチに優雅に腰かけ、足を組む。
 絵面的にわたしだけが立つのもおかしいと思ったので、仕方なくわたしも隣に座った。

「今日はどうしたの? さすがに、用もないのにこんなところには来ないでしょ?」

 問いかけるように微笑みかけられ、わたしは言葉に詰まる。
 た、確かに不自然だったかもしれない。たとえ図書館の帰りに寄っただけだとしても。

「べ、別に。……こないだの子は?」

「なんだ、結局聞きたいことあるじゃない。……こないだの子っていうのは、リリーと会ったときに一緒にいた子?」

「それ以外にいるの?」

「さあ、どうでしょう?」

 おどけた様子で肩をすくめ、クロセルは続けた。

「俺は何も、リリーが思ってるようなやましいことはしてないけどな。迷える子羊ちゃんに助言をしていただけさ」

「助言で抱き合うの?」

「気になる?」

「ち、違うしっ!」

「じゃあ教えてあーげない♪」

 くっ……、なんで楽しそうなのよ! 妙に悔しくて、わたしはクロセルを睨みつける。これじゃ、わたしがすっごく知りたがってるみたいになるじゃない!

「ふふっ、リリーは面白いな。本当にからかいがいがある」

「失礼な! 面白いって何よ」

「はいはい。真相は、また今度教えてあげるよ」

「えー!? なんで今教えてくれないの?」

「それはね」

 どこか妖艶な表情で、クロセルはそっとわたしの頬を撫でた。
 かっと頭に血が昇るのをどこか遠くで感じる。なんだかドギマギしてしまって、体を動かせない。

「……うん、それもまた今度にしようかな」

「な、にそれ……」

 返事が弱々しくなってしまう。なんだろう。クロセルの遠くを見るようでいて、懐かしそうな瞳のせいだろうか。それとも……?

「さあ、リリーはもう帰ったほうがいいよ。心配性なマルコキアスが首を長くして待っているだろうしね」

「そ、そうね。じゃあ!」

 さっきと打って変わって、明るい声音になったクロセルに、わたしは荷物を抱えて立ちあがるしかなかった。


13/02/08 18:19 up
テノールとは中低音の男声のことを指します。…念のために。
ぐみ
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