出会い NEXT

 それは、決して良い出会いとは呼べないものだった。
 そう、忘れもしない。今からおよそ三カ月ほど前のことである。
 あのとき確かわたしは買い出しに出てたのだ。香水の材料を買い込んでいたら買い込みすぎちゃって、『ああ、キアに来てもらえばよかったなぁ』なんて、考えていたと思う。
 ああ、あのとき――公園に通りかかったときに、一休みしようなんて思わなければ………。
 今こんなことにはならなかったのに。



                ***


「はあ……」

 やっぱり買い過ぎたかなぁ。
 わたしは、あれやこれやがごちゃごちゃと詰め込まれた、パンパンの紙袋を手に、ため息をついた。
 キアに来てもらっておけば、半分くらいは持ってくれただろうに…。
 まあ、いまさら後悔しても仕方ないか。
 そう割り切ることにして、わたしはぐるりと公園を見渡した。こんなところに公園があったなんて、今まで知らなかった。
 子どもが遊ぶような公園じゃない。遊具はせいぜいがブランコと滑り台ぐらいしかない。その他には、わたしが今座っているようなベンチがちらほらあり、中央には控え目ながら噴水がある。後はちょっとしたお花とか、林立する木々だけ。
 あまりにもパッとしない印象だ。なるほど、今まで存在を知らなかったのも頷ける。

「でもまぁ、ひとけが無くて落ち着くかな」
 ぽつりと呟く。
 あまりにも静かすぎて、なんだか妙に大きく聞こえる。
 ………。
 …ちょっと待って。なんか聞こえる。
 え、何?

「………め、せ……ぃ」

「……じゃな……」

 じっと耳を澄ますと、かすかに聞こえる。一人は、少女っぽい声。もう一人は青年のものだ。
 どこからだろう。わたしは、荷物を持ってそっと立ちあがった。
 声は、木立から聞こえてくるようだ。
 そうっと、そうっと。
 かすかな好奇心を胸に、わたしは木陰を覗く。

「……っ!!」

 そこには、抱き合う男女の姿があった。しまった、そういう可能性があるって考えもしなかった!
 ど、どうしよう、見ないふりをしたほうがいいのかな!? とりあえず元の位置に戻る!?

「っぁ……!」

 動揺したせいか、どさりと、荷物が腕からこぼれおちる。
 カップルがこちらを向く。長い黒髪の少女と、くすんだ金髪の青年。青年の方と目があった。吸い込まれるような鳶色の瞳に、わたしはさっと目をそらし、

「っ、」

 考えるよりも先に足を動かした。というか動いた。
 公園を突っ切る。そこからは記憶がない。ただ、必死に足を動かしたことは覚えている。
 気が付いたら、店に帰っていた。
 そして、不思議そうな顔のキアに言われたのだ。

「……リリー? 買い物はどうしたんですか?」

「……」

 あろうことか、わたしは買い込んだあれこれが詰まった紙袋を、落したまま帰ってきてしまったのだ。



                ***



「はああ……」

 やっぱり、拾いに行かなきゃなぁ。
 落したとはいえ、直後に拾いに行くのは気が引ける。まだいるかもしれないし。
 キアには、正直に言った。すると、

「くすんだ金髪に鳶色の瞳? ……たぶん、クロセルだと思います。ああ見えて、一応数学教師の悪魔ですが」

 数学教師?
 え、もしかして一緒にいた女の子って、生徒?
 うわぁ、本気で悪魔だ……。

「クロセルなら、よく公園にいるのを見かけますね。……拾いに行かれるのなら、私が付いていきましょうか」

「ううん、大丈夫。ありがとう、キア」

 言って、わたしは再び重たいため息をついた。
 キアが淹れてくれた紅茶を一口飲む。

「……リリー。やはり、私がとってきましょうか」

「うーん。でも、自分で責任をとったほうがいいかなと」

「責任……。無理は、しないでくださいね」

 言って、キアは温かみのある優しい瞳でわたしを見つめた。


                ***


「……げ」

 公園の前まで来て、わたしは我ながら変な声をあげた。
 いる。いるよ。
 くすんだ金色の長髪、鳶色の瞳。クロセルだ。
 彼は、前にわたしが座っていたベンチに座っていた。その腕には紙袋が抱えられている。もしかして、あれわたしが落したやつ…?
 少しうつむきがちだったクロセルが、面を上げた。あ、と声をあげる。

「ちょっとそこの君……なんで逃げるのさ、こっちおいで」

 おっと、本能的に逃げ腰になっていた。
 落ち着け、落ち着け。落し物を返してもらうだけだ。深呼吸を繰り返し、準備を整える。
 一瞬だけ息をつめ、公園に足を踏み入れる。すたすたとクロセルの元まで歩み寄る。

「すみません、それ返してもらえますか?」

「ん、まあいいんだけど……。代わりに、ちょっと話さない? 俺、クロセルっていうんだけど」

「あ……貴方と話すようなことはありません!」

 いいから早くそれ返してよ! もう早く帰りたいんだから!

「まあまあ、落ち着いて。俺だって何もいたいけな少女に手は出さないさ」

「そういう問題じゃ…!」

「分かったって。名前教えてよ。君、マルコキアスんとこのお嬢さんでしょ?彼から話は聞いてるよ」

「だったら名前も知ってるでしょ!?」

「だって直接聞きたいじゃない」

「……リリーよ。覚えなくていいから」

「分かった、しっかり覚えたよ」

 きっと睨みつける。なんなんだろう、この人(悪魔?)は。

「睨むなよ、せっかく可愛いのに」

「可愛くないから!」

「うんうん、タメ口のほうがいいね」

 くっ、調子が狂う!
 負けるもんかと睨み続けつつ、クロセルの手から紙袋をひったくる。

「帰るから」

「あー、そう? 残念。俺、だいたいここにいるからさ、また来てよ」

「もう二度と来ない!」

 そんな素晴らしい笑顔でこっちを見るな!
 ……頬が熱くなるじゃないか。
 わたしは何かを振り切るようにして、公園をずかずかと出て行った。




13/03/20 20:06 up
ぐみ
NEXT