読切小説
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フーリオ王子の勘違い
「…どうしても、気になるな…」


シュイエによって綺麗に手入れされた庭園。
朝露に濡れた淡いピンクの花を眺めながら、彼――もとい、
アルトの兄である第一王子のフーリオは、何やらしかめっ面をして
考え込んでいるようだ。


「どうしたのですか?」

「…っ なんだ、お前か。カリエン」


突然後ろから声をかけられ、驚いた様子を見せる王子を見て
悪戯にカリエンはほほ笑んだ。


「声をかけたのが私で、何かご不満でも?」

「…っそんなことはない」

「ふふ、顔に出ていらっしゃいますよ。フーリオ様」

「…」

「しかし、フーリオ様が他の人間を気になるとは、珍しいこともあるものですね」

「別に人間などとは言っていないだろう!」

「顔に出ていらっしゃいますよ。」

「…」


フーリオは拗ねたようにカリエンから顔を背けるが、
カリエンはそんなことを気にする様子もなく話し続ける。


「他人に興味を持つということは素晴らしいことだと思いますよ。
 何しろ"人間嫌い"のフーリオ様のことですからね。
 私は誰がどう気になるのか探りを入れるような無粋な真似はしませんが…。
 ひとつ、自分でご自身で解決なされてはいかがですか?
 その方が気も晴れるというものでしょう。」

「何か嫌味を言われたような気がするが…まあいい。
 自分で解決するというのはなかなか名案だな
 お前に訊くという手もあったが…」

「私に訊かれるのなら喜んでお答えしますがね。
 私がお答してはフーリオ様は面白くないでしょう?」

くすり、と笑ってフーリオの表情を楽しげに観察するカリエン。

「そんなことはない!…いや、そもそも、お前が知っているはずのないことだ。
 とにかく、自分で解決する」

「そうですか。頑張ってください
 フーリオ様がご自分から進んで何かをしようとすることなど、
 とても珍しいことですからね。応援していますよ」

「またお前は嫌味を…。俺は宮殿に戻るぞ」

「では、私も失礼いたします」


美しい庭園を抜けて厩舎に向かう。
フーリオが宮殿に去るのを遠目に見て立ち止まり、カリエンは小さくため息をこぼした。


「気になる人、など、既に存じ上げておりますがね…。
 まったく、分かりやすいお方だ」


そんな呟きがフーリオに聞こえるはずもなく。
フーリオは緊張した顔つきである一つの部屋の前に居た。


(まさか、この俺が「アルトの先生の名前を教えろ」などと、
 カリエンに言えるわけがないだろう)


カリエンがアルトの先生の名前を知っていないはずがないのは分かっているが、
それを訊くのはどうしてもできなかった。
からかわれるのが安易に想像できる上に、何故かカリエンの口から
その名前を教えられるのがどうしても嫌だった。


(しかし、何といえば良いのか…)


そんなことを考えながら、部屋の前をうろうろしていると、
わずかに扉の向こうから声が聞こえる。


(誰かと話しでもしているのか?)


フーリオは使用人のことを考えたが、すぐにそうではないと分かった。
一度アルトの先生と一緒に歩いているのを見たことがあるが、
どうにも、女同士のお喋りする仲には思えなかったのだ。
部屋の中から聞こえる声は、先生の楽しそうな声で…。
フーリオが部屋に近づくと、さらにはっきりと声が聞こえた。



「…あはは、くすぐっ…よ」

「ちょっと…っちは駄目」

「ふたりだと温かいでしょ?君って体温高いんだね…」



(くすぐったい!?温かいって何だ!?一体誰と何をしているんだ!!)


フーリオは顔を真赤にして悶々と考え続ける。
そして、部屋からさらに聞こえた声


「ねえ……好き?」

「そっか、良かった」


こんなやりとりを聞いてしまった第一王子は、
どうやらもう我慢できなくなってしまったらしい。


「…っ入るぞ!」


ノックもせずにドアを開けると、そこには驚いた様子の先生の姿が。


「え…!?フーリオ様!?」

「おい!今ここで誰と何をしていた!」

「い、いきなりなんですか!?ノックもせずに…」

「いいから答えろ!」

「…もう!この子ですよ」


そういって後ろに振り向いて、ソファに向かう先生。
そしてフーリオの方に向きかえると、何やら腕には白いものを抱えている。


「可愛いでしょう?」


その腕の中には…


「猫?」

「はい。今朝、庭園を散歩していたら見つけたんです。
 母親とはぐれてしまったみたいで…。
 雨のせいで体も冷えて、お腹をすかせていたみたいだったので
 部屋に連れてきてミルクをあげていたんです」


ニャーオ、と仔猫が鳴いて、その頭を愛おしそうになでる先生。


「…可愛い、な」

「でしょう?」

「いや、違う」

「え?」

「いや、何でもない…。名は、何という?」


フーリオは猫の頭に手をのばした。


「この子ですか?まだ名前は―」


「違う」


どうやら猫をなでる訳ではなかったらしく…
その右手は、猫の頭の上の、猫を抱いている女性の顎へとのびていた。
猫に向けられた視線は、それによってフーリオへと向けられる。


「お前の名だ」

「あ…」


顎に手を添えられ、先生はフーリオの目を見つめたまま、
いや、目線をそらすことができない、といった方が正しいだろう。


「ミカ、です。」


そう言って、お互い目を見つめあったまま、不思議な沈黙が流れる。
恋人同士しか体験できないようなこの距離で。


「…ニャーオ」


ふと、ふたりの間にいた仔猫が鳴いた。
フーリオが慌てたようにミカの顎から手を離すと、顔を赤らめて一歩距離を置く。


「…っすまない」

「いえ、あの…。私、名乗っていなかったんですね。
 フーリオ様はてっきりご存じでいるかと思って。申し訳ありません」

「謝らなくていい。俺が今まで訊かなかったのが悪い…それに、得をした。
 …いや、何でもない。それより、親猫を見つけるのを手伝ってやろう」


ミカとフーリオは仔猫を連れて、庭園へと向かった。
その後無事に親猫は見つかり、仔猫は嬉しそうに母親とどこかへ行ってしまった。


「お母さん、見つかってよかった!フーリオ様、
 一緒に探して下さってありがとうございます。」

「ああ、なかなか楽しい時間だった。礼を言うのは俺のほうだ」

「おや、こんなところで何をなさっているんですか?」


ちょうどその時近くを通りかかったカリエンは二人に声を掛ける。
手には本を抱えて、どうやら図書室にいたようだ。


「お二人でいらっしゃるのは珍しいですね」

「今、フーリオ様と一緒に仔猫を親猫の元へ返してあげたんです」

「ああ、今朝の…。それは良かったですね」

「はい!カリエンさんのアドバイス通りに、温かいミルクをあげたら
 ずいぶん体調も良くなったみたいです。ありがとうございました」

「いえ、普段馬を見ていますから、動物のことならそれくらいは。
 …それと、この本。教授のお役に立つかと思いますよ」

「わあ、馬術に関する本ですね!ありがとうございます」

「ええ、それより…フーリオ様、何をそんなに不貞腐れているのです?」

「不貞腐れてなどいない!」

「顔に出ていらっしゃいますよ」

「…っ俺は街にいくぞ」

「ご公務がまだですよ。いけません」

「ミカ教授」


フーリオはカリエンにちらっと視線を向けたあと、
ミカの顔を見つめる。

「え?あ、はい。何でしょうフーリオ様」

「あの部屋のテーブルの上に飾ってあった花、窓際に置いた方が良いぞ
 運気が下がる」

「そ、そうなんですか?分かりました。ありがとうございます…」

「ああ、ではまたな」

「王子!…まったく逃げ脚の早い」

「あはは…カリエンさんも大変そうですね」

「まったくです。それにしても…ふふ、どうやらご自分で解決できたようだ。
 今のは彼なりの宣戦布告ですかね。」

「はい?」


ミカは訳が分からない、といった様子で首をかしげる。
カリエンはくすりと笑って何やら楽しそうだ。


「こちらの話です。…では、私も用がありますので、また」

「あ…はい。また」


温かい風がやさしく二人の間を通り過ぎていく。


「まさか部屋に入るとは、…負けませんがね」


呟いた言葉がミカに届くはずもなく、
カリエンは宮殿に向かう歩みを速めた。
日差しが眩しい、穏やかな昼下がりのことだった。


12/12/31 12:32更新 / mika

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