番外 イングリフ様の憂鬱

温かい日差しが庭園に差し込んでいた。
寒さを忘れ、つかの間の安らぎが得られるような、そんな空間がそこにはあった。

昼寝日和だ。

ヴォルクは休憩時間なのをいいことに、今頃昼寝でもしているのだろうな。
こういう日には十中八九昼寝している。

安眠妨害でもしてくるか……。

こんな天気の日に、ヴォルクをからかうことができるなんて、私はなんて幸せなんだろうと思う。
今ならマリアンヌ殿のことを持ち出せば、ヴォルクの最もうろたえた姿を見ることができる。

そういえば、ヴォルクのことは幼いころから見てきたが、女性に興味を持ったのは初めてなんじゃないか?

だからあそこまでシャイなんだな。

ちょっと、景気づけに教えてやろうか。
紙じゃなく実地で。

……いや、前にそれやって、マジになられて困った事あったな。
そっち方向に目覚めちゃって、面倒くさくなったから異国に派遣したらそのまま帰ってこなかったヤツがいた。

風の噂で異国の外人部隊で青春を謳歌してるって聞いたが、元気でいるだろうか……。
すこ〜し罪悪感もあるが、まぁ、自分を偽って生きるより、本来の姿というものに気付かせてやったと思えばいいか。

ヴォルクに限ってそんなことはないと思うが……、そういえばちょっと似てるトコあるかも。
クソ真面目なトコとか。

やめとこ。
おちょくる相手がいなくなっても困る。

そして、私の予想通りに木の上で昼寝をしているヴォルクを見つけたのだが、そのすぐ近くに、けったいな機器に囲まれた第三王子個人教授のマリアンヌ殿もいた。

ヴォルクはいいとしてマリアンヌ殿は何をしているんだ?

不思議に思って近寄ってみた。
マリアンヌ殿は計器を見ながらものすごい勢いでパソコンのキーを叩いていた。

「マリアンヌ殿?」
「わっ!」

マリアンヌ殿は驚いたように声をあげた。
なんか、それに驚いてしまった。

「イングリフさん?もぉ、驚かせないで下さい」
「すみません。ところで、何をしているんですか?」

「次の論文のデータ収集です」

マリアンヌ殿はそう言いながら、パソコンを操作していた。
ホント、無駄に能力がある人だと思った。

「良いデータが集まりそうですか?」

「それが……」
マリアンヌ殿は手を止め、暗い顔でため息をついた。

「どうかしました?」

「いろいろデータを集めてみたのですが、何か埋まらないものがあるんです。私が気がつかない、もうひとつの因子があるのかもしれません」

『それはヴォルクの恋心です』

と、私が言うのはいけないなと思った。
やっぱ、そういうことは、本人の口からじゃないと。

私って、つくづく理解のある上司だと思う。

「視点を変えてみたらどうですか?」
「視点ですか?」
「成人の獣人ではなく、子供の獣人の観察を行ってみては?」

ホントは心的状態が関わっているということを指摘すべきなんだろうが、そうするとヴォルクがマリアンヌ殿のことが好きであるということにたどり着いてしまうかもしれないと思い、あえてそこから離れてみた。

「子供の獣人ですか?」
「子供は大人のようにきっちりと獣と人に別れてはいないんですよ」

「え?」

「幼い頃のヴォルクは可愛かったですよ。あの顔に、耳がついているのを想像してみてください」
「え!?」

マリアンヌ殿がピクっと反応した。
やっぱりそこに食いつくか。

「生まれたばかりの赤ん坊は、もっと可愛いですよ。たまに恐ろしいのもいますが」
「恐ろしいの?」

「人面犬のような子供です」
「……それは、恐ろしいですね」

マリアンヌ殿がドン引きした。
でも、それも計算のうちだ。

「ですが、ヴォルクはハンパなく愛らしかったですよ。体は小さくて、あの顔で猫耳で足元にじゃれついてくるんですよ。そして転がって愛嬌をふりまくんです」

正確には猫耳なわけではないが、猫耳の方がわかりやすいと思って猫耳と言った。
見てくれは同じようなものだ。

「えぇ〜。ホントですか?」
マリアンヌ殿の目がうるうるしてきて表情がぽーっとしたものになった。
思っていた通りだ。

「ヴォルクの子供なら、あの愛らしさは受け継ぐでしょうね」
「あ、そっか〜」

「で、いるんですか?ヴォルクの子供」
狩人のような目でマリアンヌ殿は言った。

「いませんよ」
いるわけがない。

「じゃ、弟とかいるんですか?」
「残念ですが、いません」

「それじゃあダメじゃないですか」
期待が外れてむっとしたようにマリアンヌ殿は言った。

「でも、方法がないわけではありません」
「ホントですか!」

「マリアンヌ殿が母親になればいいんですよ」
「え?私!?」
マリアンヌ殿はきょとんとしていた。

「あなたがヴォルクの子を産めばいいんです」

「そういうことですか!」
マリア
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