できすぎた論文

俺は論文につけられた最後のページを持ち、イングリフ様を探した。
イングリフ様は暗くなった森に一人でいた。

「イングリフ様!」

「ヴォルク。どうしたんだ?そんなに血相を変えて」

振り返ったイングリフ様の顔は、いつもと変わらない穏やかな表情だった。

「これは何ですか?」

俺は例のページをイングリフ様の前に突き出した。

「それは、お前がやり方を知らなかったら恥をかくだろうと思って書いたものだよ。けっこう力作だろう。書き上げるのに一晩かかってしまった」
「こんなもの、いりません!」
「なんだ、知ってたのか。お前もませてるねぇ」
「何バカなことを言ってるんですか。知ってるわけないでしょ!」

暗闇の中、イングリフ様の赤い瞳が光を放った。

「それではやっていないのか?」
「当たり前です!」

イングリフ様が獣人の俺の胸倉を掴んで大木に押しつけた。

「イングリフ様、苦し……」
「痴れ者が。お前はあの論文を読まなかったのか?」

イングリフ様が耳元でそう言った。

「よ……読みました」
「それで、どんな感想を持った?」
「よく、書けていると……」
「それだけか?」
「あの論文は、文句のつけようがない!最後のあなたの文を除けば!」

それを聞いて、イングリフ様が俺を地面にたたきつけた。

「できすぎなのだよ。あの論文は」

咳き込みながら、イングリフ様の言葉を聞いていた。

「あれが我が国の外に出てみろ。我が親衛隊は弱点をさらけだすようなものだ」
「あ……」

確かにそうだ。
あの論文には獣人のことが細かく記述してあった。
呆れるほどに細かく……。

「ヴァンパイアが数を減らしたのは、その弱点を大々的に世間に知られたからだ。そうでなければ、彼らは不老不死の最強の存在だったのに」

「敵の弱点を知ることは、戦いを有利に運ばせる上で重要になってくる。それと同時に、こちらの弱点は知られてはならないのだ」

イングリフ様は鋭い眼光で俺を見た。

「お前は獣人をヴァンパイアと同じ道をたどらせるつもりか?」

それを聞いて、頭が真っ白になった。

「論文はどこにある?」
「俺の部屋にあります……」
「そうか」

イングリフ様はそう言ってため息をついた。

「まさか、あの論文を外に出さないために、この文をつけたのですか?」
「何故それに気付かなかったのだ?」
「申し訳、ありません!」

そう言って、立ちあがって可能な限りイングリフ様に頭を下げた。

本当に俺はバカだ。
どうしてそのことに気付かなかったのだろう。

「せっかくおいしいところを譲ってやったというのに……」
「え……」
「お前、とっとと人間になって、あの教授をコマしてこい」
「え?」

顔をあげてイングリフ様を見たが、イングリフ様の表情は、いつもとまったく変わらなかった。

ものすごく、意味不明なんですけど……。
というか、どうしてそうなるんだ?

いや、俺の聞き違いかもしれない。
イングリフ様が、そんなこと……言うかもしれない?
いや、でも……。

「お前が緊張感もなく獣人のデータを盗られたからこのようなことになったのだ。己の失態は己でカバーしろ。それが親衛隊員としての責務だ」

イングリフ様の言うとおりだ。
これは、俺の失態だ……。

「彼女の他の論文は読んだか?」
「いえ……」
「どれも素晴らしかったぞ。一見、とんでもなくおバカ発想なんだが、彼女の手にかかると、そのおバカ発想が学術的にまで高められてしまう」

確かに、そんな論文だった……。

「あの頭脳が国外に出てしまうのは惜しい。つなぎ止めろ」
「はい!」

と言ったものの、
「え?」
と聞き返してしまった。

やっぱり聞き違いじゃないのか?
いや、でも、聞き違いだったら、とっても恥ずかしい感じだし……。

「お前がするのが一番穏便な方法なのだ。アルト様も彼女をお気に入りのようだが、アルト様は第三王子。その子に超人的な頭脳がもたらされては、お家騒動になるだろう?」
「はぁ……」
「お前となら獣人の血を引く聡明な子になって、その子が親衛隊に入る可能性大だ」

聞き間違いではなかったんだ……。
それに、なんか、イングリフ様が、すごく嫌な感じのことも言ってる気がする……。

「別に、カリエン殿でもソロレス殿でもイーヴ殿でもいいんだが、お前はそれでいいのか?」

……嫌だ。

「論文はこちらの手にある。あと残っているのは彼女の頭の中のデータだ。親衛隊の機密保持、頭脳の確保、優秀な未来の親衛隊員、一石三丁の任務だ」

「彼女とやってこい」

何、それ……。

「お前が失敗したら、彼女は親衛隊が責任を持って監禁する」

ろくな選択肢がないような気がするんだが……。

「行け」

イングリフ様は静かに言った。
俺はその言葉に走り出してい
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