夕日が窓の外に見えていた。
昼が終わり、魔物が活発に動き出す夜になる。
この国にはいにしえの血が脈打っている。
他の国ではおとぎ話の中に封じ込まれてしまった、ヴァンパイアや獣人の血。
もうその血は薄まってしまっているけれど、それでも確かに存在している。
そして、その血が人間に危害を加えないという保証もない。
何も知らない異国の人、第三王子個人教授マリアンヌ殿。
俺は彼女を守りたいと思っていた。
親衛隊の使命だからではなく、ただ、彼女の笑顔を守りたいと思うようになっていた。
でも、俺も獣人だった。
彼女を守りたいと思っているのに、彼女を傷つける存在になってしまうかもしれない。
俺は親衛隊員だし、そんなことはないと言えるが、最近、少し不安を感じてはいた。
いつか、彼女を傷つけてしまうのではないかと……。
その思いから引き戻されるように、ドアをノックする音がした。
「こんばんは。ヴォルクいますか?」
マリアンヌ殿だった。
「ああ……」
マリアンヌ殿のことを考えていたから、また人型になってた……。
でも、居留守を使ってもしかたがないし。
「どうぞ」
マリアンヌ殿は、明るい笑顔で部屋に入ってきた。
彼女の無邪気さに、苦しめられることもあったが、助けられることもあった。
それにやっぱり、彼女の笑顔を見たいと思ってしまう。
「何だ? また質問か」
最近は、マリアンヌ殿の突飛な行動にも慣れてきていた。
その突飛なところを楽しむ余裕が出てきたような気がする。
「論文が完成したから見てもらおうかと思って」
そう言うマリアンヌ殿は、とても嬉しそうだった。
「そうか。見せてもらうよ」
俺がそう言うと、いそいそとやってきたマリアンヌ殿から論文を受け取った。
論文を渡すときのマリアンヌ殿の真剣で輝いた瞳に思わず目が行ってしまった。
一生懸命書いたのだろう。
彼女の眼が少し赤い。
それに気付かない振りをして、まず表紙を見ると、
『軍隊における人間と獣人の有効利用』
と書いてあった。
そして、マリアンヌ殿を見た。
……期待に満ちたまなざしで俺を見ていた。
「題は、これか?」
これって論文とかにするようなことなのか?
有効利用もへったくりもなく、軍隊なら獣人の方が適しているだろう?
そんなの俺が一番よく知っている。
「そう。前にヴォルクが言ってたことがヒントになったの」
「俺が?」
「人間の時よりも、獣の姿の方が軍隊には適しているって言ってたでしょ?」
「ああ……」
「私、あれ、本当かな?って思ったの。だって、人間の時のヴォルクはどんな武器だって使えるし、イングリフさんだってヴォルクは人間の時でも力があるって言ってたもの」
イングリフ様がそんなことを言ってたのか?
俺にはそんなこと言わないのに……。
「人間と獣人、どっちが軍隊に適しているのかなっていうのを見つけるのがまずひとつめの目的」
まだあるのか?
「それと、ホントは私はどちらが優れててどちらが劣っているとかいう判断はしたくないのね。どちらにも利点と欠点があると思うの。だから、どういう時には人間がよくって、どういう時には獣がいいっていうのを見つけようって思ったの。こっちがメインかなって感じなんだけど」
「だが、イングリフ様ならともかく、俺も含めて他の獣人は姿をコントロールするのは難しいぞ」
「それなら、人間になってるときは人間に適してることをして、獣になっているときは獣に適していることをすればいいじゃない」
「いや、でも、たいていはアラストル様やイングリフ様のように、ずっとどっちかになってるから……」
「じゃあ、ヴォルクはどうしてコロコロ姿が変わるの?」
そう言われて、返答に詰まった。
マリアンヌ殿のことを考えると人間になってしまうだなんて、口が裂けても言えない。
「さあな。それがわかれば苦労はしない」
そう言うしかなかった。
「うーん。それじゃ、やっぱり少し書き直さないとね」
そう言うマリアンヌ殿を見て、少し心が痛んだ。
「いや、まだ内容を読んだわけじゃない。書き直すかどうかは、その後に決めてもいいだろう」
「そうかなぁ」
自信なさげにマリアンヌ殿が言った。
「マリアンヌ殿が書いたのなら、きっと大丈夫だ」
そう言って読みだしたのだが、読んでみて意外だった。
あの表題とマリアンヌ殿の思いつきを聞いていかがなものかと思ったが、ちゃんと理論的に組み立ててあった。
普段の行動はめちゃめちゃなのに……。
さすがにアルト様の個人教授になるだけはある。
「俺はあまりこういう見かたはしないからな。着目点が変わってて面白いんじゃないか?」
「ほんと?」
マリアンヌ殿の目がきらきらと輝いた。
「人間についても客観的に分析しているし、獣人についてもよく書いてある
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