訓練場での疑問

第三王子個人教授マリアンヌ殿は、学者じゃないのか……?

マリアンヌ殿はアルト様もお気に入りの才女とソロレスも褒めていた。
あの聡明なアルト様が気に入るくらいなのだから、そうとうな学識を持っているのだろう。

最近、マリアンヌ殿は論文のテーマを武術に変えたらしく、頻繁に俺のところに聞きに来るし、時々、彼女のものらしき奇妙な視線を感じる……。
だが、学者が武術に興味を持ったところで、どうせ大したことはできないだろうと思っていた。

学者というものは、本ばっかり読んで机上の空論を偉そうに語るものだ。
実技なしに語ったところで、ピント外れの理論にしかならない。

やはり、武術を語るのなら、実技がなければダメだろう。
実際に体を動かして、そしてわかることもある。
武術は頭でやるものではない。
日々の鍛錬が大事なのだ。

でも、マリアンヌ殿は訓練場に来て訓練らしきものをしている。
学者が訓練など笑止千万と思っていたが、だんだんそうも言ってられなくなった。

マリアンヌ殿は、思っていた以上に武器の使用がうまかった。
彼女は初めて手にした武器を、まるで自分の手足かのように使いこなした。
格闘センスがいいのか?
頭にお花が咲いたお気楽娘にしか見えないのに。

マリアンヌ殿のことになると、分からないことだらけになる。
そして、いつものように訓練場に向かうと、筋トレしているマリアンヌ殿がいた。

なぜ、学者がここまで訓練を積む必要があるんだ? 
学者なら、机に向かって本でも読み漁ってるべきじゃないのか?

「あ、ヴォルク! 」
マリアンヌ殿は俺を見ると、満面の笑みを浮かべた。
それにしても、これだけ息が上がってて、どうして笑えるんだ? 

「だいぶ息があがっているようだが」
「筋トレしてるんだから、これくらいしなきゃだめでしょ」
マリアンヌ殿は、そう言って目をキラキラ輝かせた。

筋トレのマシンで鍛えているようだったが、マリアンヌ殿の体格に合っていない重りの量だった。
「負担をかければ良いってものじゃない」
そう言って、マリアンヌ殿がやたらに乗せていた重りを半分にした。
「こっちの方がいい」

「これじゃあトレーニングにならないんじゃない? 」
軽くなったハンドルを不満そうにマリアンヌ殿は引いた。
「これを続けてできるようにすればいいんだ。重くして短時間でやめてしまうのではなく、本人の体格に合った重さで長時間続ける方がいい」
「ふぅん、この方がいいんだ」

はじめは半信半疑のようだったが、マリアンヌ殿は黙々とトレーニングを続けた。
マリアンヌ殿は、他の学者とは違うのかもしれない。

……というより、やっぱり学者には見えないかもしれない。
マリアンヌ殿の筋トレの様子を見ていると、知的な香りがしてこない。

「そうだ。弓の構えを見てよ。さっきやってみたんだけど、なんかうまくいかないの」
マリアンヌ殿は急に手を止めて、パッとこちらを向いて言った。
「いいけど、そんな急に止まらない方がいいぞ」
「わかった! 」

俺の返事を聞いているのかよくわからなかったが、すでにマリアンヌ殿は筋トレのマシンを片付け、いそいそと弓道場の方に向かっていた。

弓道場まで少し距離があったので、マリアンヌ殿と歩いていた。
マリアンヌ殿から優しい香りがした。
普段のむさくるしい訓練場の匂いとは全然違う。
マリアンヌ殿は女性なのだから、そういうこともあるだろう。

否、意識を武術に集中しろ。
雑念は捨てろ……。

そして、なんとか平常心を保って弓道場に着いた。

「なんか、うまく飛ばないんだよね」
そう言って、マリアンヌ殿は弓をつがえた。

悪いところは一目瞭然だった。
飛び道具は苦手なのか?
格闘はいいのに。

でも、その真剣なまなざしは、とても綺麗だった。
これならすぐに上達するだろう。

「腕が低い、もっとあげろ」
そう言って、マリアンヌ殿の腕に触れて、驚いた。

肉付きは悪くはないのだが、細い……。

「どうしたの? ヴォルク」
不思議そうな顔でマリアンヌ殿が俺を見て言った。

「……こんな細くて大丈夫なのか? もっと食え」
「え、そう? やっだぁ。普通だよぉ、フツー」

フツーなのか? そうなのか?
世の女性というものは、こんなに細いものなのか?

こんなに細くて大丈夫なのか? と俺が不安になっていたというのに、マリアンヌ殿はとても嬉しそうな顔をしていた。

ますます理解不能だった……。
10/03/29 02:28更新 / 佳純

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