質問に来た悩みの種

ドアをノックする音がした。

「こんにちは!マリアンヌです。ヴォルクいますか?」

第三王子の個人教授、マリアンヌ殿だった。
思わず自分の両手を見る。
人の手、今は人間になってる……。
慌てて机の下に隠れ、息をひそめる。

「ヴォルク? 」

ドアを開けてマリアンヌ殿が中をうかがっているようだ。

「いないのかぁ」

そして、ドアの閉まる音がする。

行ったか……。
ため息をついて、机の下から出た。

イングリフ様が変なことを言うから、意識してしまうではないか……。
あの人はホントに何を考えているのかわからない。
何が『恋をすれば姿のコントロールができるようになるかもしれない』だ!

確かに、マリアンヌ殿のことを考えると、人間になってしまうが……。

でも、それと恋愛は何の関係もない。
アルト様の個人教授で、あの方は異国の方で、獣人の俺のことなど相手にするはずもない。

だから、恋愛なんて……。

では何故マリアンヌ殿のことを考えると人間になってしまうのだろうか。
もしかすると、異国の方だから影響してしまうのかもしれない。
それならば、姿がコントロールできる理由として納得できる気がする。

俺が恋などというものを、するわけがないではないか。
マリアンヌ殿は異国の方だから、そういう力があるのやもしれない。

なんだ、そういうことなら……。
俺は急いで部屋を出て、マリアンヌ殿の後を追った。
すると、本を抱えてとぼとぼと元気なく歩いているマリアンヌ殿がいた。

「マリアンヌ殿」

マリアンヌ殿が振り返ってこちらを見た。

「あれ?ヴォルク?今、部屋に行ったのに」
「そうだったのか?気付かなかった」

俺がそう言うと、マリアンヌ殿は納得いってないような表情をした。

「それより、何か用事だったのではないか?」
突っ込まれる前に、話題を変えよう。

「あ、そうだった」
そう言って、マリアンヌ殿は持っていた本のページを開いた。

「本を読んでみたけど、これがよくわからなくって」

どこからこんな本を探してくるんだか……。
学者の好奇心というものは、際限を知らないのか?

「そんな本まで読んでるのか。熱心だな」

だが、知識と実際の動きの違いというものを、思い知らせてやってもいいだろう。

「今日は武器の扱いもやっておくか? 人の姿のときの方が見本も分かりやすいだろ」
「うん。お願いできるかな」
マリアンヌ殿は嬉しそうにそう言った。

その笑顔、いつまでもつか楽しみだ。

「それじゃあ、俺の部屋に……」
そう言いかけて、ふと思った。

部屋で二人きり……。

「やっぱり訓練場の方がいいだろう。あっちの方が広いし、武器もいろいろ置いてある」
俺がそう言うと、マリアンヌ殿はがっかりしたような顔をした。

「ヴォルクの部屋がいいな」

控え目に彼女は言った。
一瞬、思考が固まってしまった。

「なぜだ? 」

マリアンヌ殿は、うるんだ瞳で俺を見上げた。

「だって、ヴォルクの部屋、マニアックな武器がいっぱいあるんだもん」
頬を赤らめ、恥ずかしそうに彼女は言った。

「異国情緒って言うのかな。あのフォルム。いいよね〜。余計な装飾がなくって、そこがまたいいのよ。シンプルで孤高の人って感じ。我は語らずって、姿かたちで表現されているのよ。はぁ、いいなぁ。あれ」
うっとりした表情で、マリアンヌ殿は語りだした。

……。
マリアンヌ殿は、そういうお方だ。

絶対に俺は恋なんてしてない。
10/05/11 05:09更新 / 佳純
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