「アラストル大佐。マリアンヌ殿を見ませんでしたか?」
中庭を歩いていたアラストル大佐を見つけたので聞いてみた。
「ヴォルク。どうした、血相を変えて」
「イングリフ様がマリアンヌ殿におかしなことを吹き込んでしまったようで……」
「あの小説か……」
同情の入り混じった表情というか、なんというか、複雑な表情でアラストル大佐は言った。
「まさか、アレを読んだんですか?」
アラストル大佐は、厳しい表情でゆっくりとうなずいた。
どういうことだ?
アレが、みんなに読まれているということか?
わけがわからない状態に、一瞬、これがウソならいいと思ってしまった。
「ヴォルク、この件について、イングリフ殿を責めないでくれ」
「なぜですか?」
「アレは、恐らく、イングリフ殿自身の話だ」
「え?」
「昔、イングリフ殿が一カ月ほど行方不明になっていたことがあった。私も詳しくはわからないのだが、イングリフ殿が姿のコントロールができるのは、多分そのためだ……」
「そんな……」
あのイングリフ様が?
あんな目に……………………。
だから書けたのか?
迷惑な……。
すると、ガサガサという葉が揺れる音が、シュイエが綺麗に刈り込んだサンザシの間から聞こえた。
「そうだったんですか」
という声が聞こえて、木の陰からマリアンヌ殿が現れた。
「マリアンヌ殿?いつからそこに……?」
俺はともかく、アラストル大佐は獣の姿をしているのに……。
なんか、気配の消し方が、だんだん上達してないか?
「そんな目にあっていながら、あんなに立派な親衛隊長になるなんて……」
あの人、立派な親衛隊長か?
すごい親衛隊長だとは思うが、立派かどうかは疑問だ。
「……イヤ、少し、イングリフ殿も好きでやってるんじゃないかと思うフシもあるのだが」
マリアンヌ殿は、アラストル大佐の言っていることが、聞こえていないような感じがした。
「小説の最後の方に小さく『この物語はフィクションです』と書いてあるのは気付いていましたが、それにしては、心理描写が真に迫っているなと思っていたんです」
お前はそんな心理状態になったことがあるのか?
それがお前にわかるのか?
と言いたいのをグッとこらえた。
「よかったな、ヴォルク。マリアンヌ殿が見つかって」
アラストル大佐は、そう言って、俺の肩をポンと叩いた。
「え?……あぁ、ハイ、そうですね…………」
「じゃ、ワシはこれで」
そう言って、アラストル大佐は去っていった。
逃げた……。と、少なからず思った。
後には俺とマリアンヌ殿が残された。
「マリアンヌ殿、探していたんだ。どこにいたんだ?」
「少し、一人になって考えたかったの」
「こんなところで?」
明らかにここは隠れる場所だろう?
「中庭で考え事してたら、ヴォルクが来たから隠れたのよ。そしたらアラストルさんの話が聞こえちゃって……」
「俺も、驚いた……」
「でも、これではっきりしたわ」
何が?
「あの小説が事実だとしたら、ヴォルクがコントロールできないのはおかしいと思っていたの」
イヤ、事実じゃないって……………………。
「でも、あれが事実なら、私はイングリフさんとヴォルクの間に割り込んでしまった、私がいっち番キライなタイプの女だなって思ってたのよ」
「一番キライなタイプの女って?」
「愛し合っている二人を、男同士だからっていう理由で仲を裂いて、自分こそがふさわしいって思い込んでる女よ。そういう女って、ムカついてこない?」
………………………………よくわからん。
「ただでさえ障害がある二人なのに、これ以上障害を増やしてどうするのよ!って、小説とか読んでても、いつも思っちゃうのよ」
いったいどんな小説を読んでいるんだ?
「しかも、そういう女に限って、私は女らしいの。こんなか弱いのよ。ってのを表に出して、実は料理が得意なの、家事は大好きよって、主婦として生きるために生まれてきましたみたいなアピールして男を落とそうとしてるのよ。んでもって、その裏では計算しまくって、いかに男を生かさず殺さず生活費を貢がせるかなんてことを考えてるのよ」
そういう女に恨みでもあるのか?と、聞きたくなってしまったが、聞いてしまって、聞きたくない返事を聞きたくなかったから、聞けなかった。
「私はそんな女になりたくないの」
なってないから…………。
あの部屋の状態を見て、とてもじゃないけど家事が得意な女の人には見えないから……。
おまけにマリアンヌ殿の料理は……。
味は悪くはないのだが……、思い出すのはやめよう……。
「私、ヴォルクには幸せになってほしいの。だから、私が身を引くのが、一番いいことかなって、思ってたの」
「……………引かなくていい」
「ムリ、しなくていいよ。神様
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