そして、マリアンヌ殿が何を言っているのかを、うっすらと理解した。
「ふざけるな!」
思わず怒鳴っていた。
マリアンヌ殿は、びっくりした顔で俺を見ていた。
「テレビの観すぎだ!アニメと一緒にするんじゃない!」
「そんなことないもん!理論的には可能だもん」
「理論的に可能だからと言って、やっていいことと悪いことがある!」
「わかっているのか?人を人の手で作るってことだぞ。もし失敗したとしても、その失敗した個体に、人格がそなわることだってあるんだ」
「ちゃんと成功させるわ!」
「成功しなかったら?」
「成功しなかった時のことを考えて、何もしなかったら科学は進歩しないわ!」
「その結果、生まれてくる子供のことを考えているのか?」
マリアンヌ殿の表情が硬くなった。
「失敗するということは、その子が死ぬということなんだぞ!死ななかったとしても、何らかの障害が残るかもしれない。完全なコーディネーターが出来上がるまでに、何人の犠牲が出ると思っているんだ!」
「私は、犠牲なんて出さない。必ず成功させる」
強い瞳でマリアンヌ殿は言った。
俺は、その瞳の時のマリアンヌ殿が、なんでも可能にしてしまうということを知っていた。
この人格に、あの頭脳を持たせるのはやめてくれ……。
「成功したとしても、実験体として、一生を送ることになるかもしれないんだ……。マリアンヌ殿が貸してくれたマンガでもそうだったじゃないか……」
「あ、やっぱり読んでたのね。やけに詳しいと思った」
「……マリアンヌ殿が貸してくれたんじゃないか」
「ヴォルクは忙しいから読んでないかな?って思ってたの」
「読まないで返すなんてことはしない」
「じゃ、後で続き持ってくるね」
「続き?終わってたじゃないか。最後のページに完って書いてあったぞ」
「あの話はあれで終わりだけど、別の視点の続編が出てるのよ」
どうなっているんだ?異国の書物は……。
完って書いてあったら、それで終わりだろうが……。
「DVDも観る?かっこいいのよ。機体とか武器とか。私は基本的にシンプルな武器が好きなんだけど、あそこまでゴテゴテいろいろ付いてると、あれはあれでいいわ」
マリアンヌ殿の目が異様な輝きを放つ。
「使い難そうとかいうのは、もうどうでもいいかもって思っちゃう。それは科学でクリアすればいいってことだもんね」
やっぱり、マリアンヌ殿の興味はそっち方向に行くんだなと思った。
「専門じゃないけど、いつかあれに出てた機体を作るのが夢なのよ」
マリアンヌ殿の専門って……。
「それならその機体の方を作ればいいじゃないか」
「それもいつか作るけど……」
一瞬、自作のロボットに乗ったマリアンヌ殿から、我が国を守らねばならない事態を想像してしまった……。
「今、私が興味を持っているのは、ヴォルクなの」
「え?」
一瞬、ドキっとした。
「ヴォルクの研究に、人工子宮が必要だから作るの」
……だからどうしてそうなるんだ。
「俺が、ちゃんとした人間じゃないからか……?」
「え?」
「俺がこんな中途半端な獣人だから……、だから、そんな実験に使ってもいいって思ったのか?」
「そんな……。そんなこと思ってない!」
真剣な顔でマリアンヌ殿は言っていたけど……。
「もし、俺がまっとうな人間だったら、マリアンヌ殿はこんなこと、言ってなかっただろう?」
「え……」
マリアンヌ殿は挙動不審な感じで俺から目をそらした。
やっぱり、そうなんだと思った。
「協力はできない……」
「違う!私はヴォルクが獣人だから実験してもいいなんて、思ってない!」
「……もし成功しても、獣人の血を引き、不完全な個体としてしか生きられないんだ」
それが、俺の本当の気持ちかもしれない……。
イングリフ様の密命を実行すれば、また獣人が生まれてしまう。
本当は、マリアンヌ殿を傷つけたくないからではなくて、俺のような獣人を増やしたくないと思っているだけなのかもしれない……。
「不完全な個体?」
マリアンヌ殿は首を傾げてそう言った。
「獣人は、完全な人間ではない。人間から見れば、モンスターなんだよ」
「私は、ヴォルクをモンスターだなんて、思ってないわ」
「人の時は、普通の人間と変わらない。だが、獣の時は、力は強くなるし、嗅覚も聴覚も人の何百倍も良くなる。それをモンスターと呼ばないで、何と呼べばいいんだ?」
「良いじゃない。強くなれるんだから」
「その強さで、人間を……、マリアンヌ殿を傷つけてしまうかもしれない」
「ヴォルクは、そんなことしない」
静かに、でも、力強くマリアンヌ殿は言った。
「出て行ってくれないか……」
いつか、その信頼を裏切ってしまうかもしれない……。
「行かない」
「なら俺が出て行く」
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