のろのろと始まり

ポカポカと暖かい日差しの中、大通りのすぐ近くにある公園は親子連れで賑わっていた。
そんな中、親子連れといっても過言ではないかもしれない三人が、のんびりとお弁当を食べていた。

「三人の時間が合うなんて珍しいよね〜」

「だからって、なんで俺が弁当なんか‥‥‥」

「セルト以外に、料理できる人ってうちに居たっけ?」

「で、ですよね!」

若干不機嫌そうにしながら、三人分のお茶をコップに注ぐセルトは、
穏やかに微笑む兄ミルズと、頬を染めながらサンドウィッチをパクつく少女を眺めた。
数日前、少しばかりおかしな様子で帰ってきて以来、少女のミルズさんに対する態度は落ち着いて見えていた。
それまでの慌てぶりからすれば、今まで通りの態度というのは落ち着いて見える。
しかし、少女がミルズに告白したような様子はないし、ミルズさんの態度も別段変わったとは言い難い。
いったいこの数日に何があったのか、セルトの想像には及ばなかった。

「‥‥‥セルト?どしたの、私の顔に何か付いてる?」

「え、あぁ。悪い、何でもない。」

「そ?」

無意識のうちにじっと見つめていたらしい、少女がセルトを見て不思議そうに首をかしげていた。
何でもないのだが、少女の顔を見ていると何でもないことはなかった。
少女の口の端にはツナサンドでも食べていたのか、マヨネーズがちょっぴり付いている。
いつだったか”セルトママ”とか、不名誉なあだ名で呼ばれた仕返しと思い、セルトはそのことを教えてあげないことにした。

「そういえば、悩みは解決したの?」

「へ?な、何のことですか?」

思い出したようにミルズさんが口にしたのは、先程セルトが考えていたのと同じこと。
もっとも、ミルズさんは少女の悩みの内容を知りはしないのだが。
たぶん、本当に何気なく気になったから口にしただけなのだろうが、
セルトとしては、もう本当にそろそろミルズさんには気づいてほしい内容だった。

「ん、だってこの間まで何か悩んでたみたいだったから、解決したのかなって思って。」

「あ、えぇっと‥‥‥か、解決したというか、余計に深まったというか‥‥‥」

誤魔化すように、えへへと笑う少女の言葉に、セルトはやはりため息を吐いた。
そして頭の隅で思い出していた事が、もしかしたら原因ではないかと自分でもひきつった笑顔が浮かぶのが分かった。

それは、昨日の夕食時の出来事。
たまたま夕食をバールに食べに来ていたモルガンさんが、セルトにとっては不穏ともいえる情報を持ってきてくれたのだ。

「そういえば先日、公園であの子と‥‥確かミルズの知り合いのケスタロージャだったか。彼が一緒にいるのを見たぞ。」

というもの。
直接、そのケスタロージャなる人物に会った事があるわけではないが、
ミルズさんの知り合いというだけで、セルとにとっては安心できる人物とは言い難かった。
もしかしたらミルズさんに何か吹き込まれているかもしれないと思ってしまうのは、
ミルズさんのことを知っている兄弟がゆえに、疑わざるを得ないことなのかもしれない。
しかも目の前にいる少女、見た目通りと言おうか何と言おうか、人の言った事を、
丸ごとそのまま信じてしまう傾向にある。
先ほどの「悩みが深まった」という言葉から考えても、何かを言われたことは違いなさそうだった。

「あ、そ、そういえば、ミルズさんとモルガンさんってお知り合いだったんですね!」

「ん、あぁ。知り合いといえば知り合いかな。言ってなかったっけ?」

「はい、ミルズさん小説家なのにモルガンさんと知り合いなんて、接点無いな〜って思って。」

「ん〜確かにそうかもね。」

ほんの少しだけ困ったような笑みを浮かべるミルズさんの様子に、少女は戸惑った。
セルトとモルガンさんの関係を聞いたときもそうだったが、やはり二人には聞かれたくない過去があるのだ、と。
そして少女は、自分が二人のことを‥‥‥ミルズさんのことを何も知らないことを思い知らされた。
確かに自分は、ただ部屋を借りているだけの下宿生で、簡潔に言ってしまえば二人とはそれだけの間柄だ。

それなのに、どうして知らないことを寂しく思うのだろう。

どうして、そんなにミルズさんのことを知りたいと思うのだろう。

セルトのときは、本人が話さないのなら聞かなくてもいいと思ったことが、
こんなにも知りたくなるなんて。
少女は、突然、自身の心に現れた感情にどうしていいのか分からなかった。

「ま、それはとりあえず秘密ってことで。」

「は、はい‥‥‥」

人差し指を立てて口に当てるミルズさんを、戸惑いが悟られないように少女は見つめた。



「気にしない方がいいと思うぞ。」

「う、わ、分かってるよ。」

夜になり、お客が多少捌けた頃にバールでココアをすする少女に、

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