ドアをノックする音がした。
「こんばんは。マリアンヌです。ヴォルク、いますか?」
マリアンヌ殿だった。
イングリフ様から密命を受け、俺はマリアンヌ殿のことばかりを考えるようになってしまっていて、それで……、今も人型になっていた……。
「ああ……どうぞ」
マリアンヌ殿が部屋に入ってきた。
俺は、どうしたいんだろう……。
論文テーマがテーマだけに、あれから何度もマリアンヌ殿は来ていたし、マリアンヌ殿が観察しているのであろう視線もビシビシ感じていた。
しかし、何もできずに時間だけが過ぎていた。
「今日は何だ?」
そう言ってマリアンヌ殿を見たが、マリアンヌ殿の表情が少しいつもと違う感じがした。
「ちょっとこれを見て欲しいの」
とても真剣な顔でマリアンヌ殿は言った。
マリアンヌ殿は研究のことになると、人が変わったようになるからだろうけど……。
「今まで集めたデータなんだけど」
そう言って、マリアンヌ殿はすごい量の紙を俺の机に広げ出した。
「ずいぶんあるな……」
「紙として見ると多いけど、内容は大したことないから簡単に説明するわ」
「コレがヴォルクの一週間の行動をまとめたもの」
どうやって調べたんだ?と聞きたくなるような分単位の俺の行動が書いてあった……。
アルト様の授業中もあるってことは、他に協力者でもいるのか?
「その中から変化した時の時間と様子を書き出したもの」
マリアンヌ殿はそう言って、ひとまとまりの紙を指した。
俺にはプライバシーというものが存在しないのか?
「そこから何か周期があるのかな?と思ったんだけど、特に周期みたいなものは見られなかったの。長さだけで見ると、不定期に変化しているのね」
その観察結果を見てみたが、確かに変化の時間は不定期だった。
「月の周期とかも考えてはみたんだけど、それは月単位とか年単位で調べてないからまだ何とも言えないんだけど、ヴォルクは今まで体の変化に月の周期とかって関係あるように思った?月じゃなかったら、水星とか火星とかでもいいんだけど」
月ならまだしも、水星とか火星の周期なんて知らないし……。
「さぁ……。特にそういうのは意識したことがないし……」
「一応聞いておくけど、くしゃみをしたら人になるとか、そういう分かりやすいことで変化するってことはないんだよね」
「……ああ」
「やっぱりそうだよね」
そう言って、マリアンヌ殿は眉間にしわを寄せてため息をついた。
そして、真剣な顔で俺のことを見た。
そのまなざしに、思わずドキッとしてしまった。
「論文を書いていて思ったんだけど、獣と人の姿のコントロールには、私が見落としている何か大事な要素があるような気がしたの」
「それで、イングリフさんに聞いてみたんだけど……」
またイングリフ様か?
何を言ったんだ?あのクソ上司……。
否、イングリフ様は尊敬すべき上司だ。
きちんと先を見て、俺なんかが考えもつかないようなアイディアをぽんぽん出して、俺なんかがたどり着けないような結果を出してしまえる人だ。
……そう思いたい。
「大人の獣人じゃなくって、子供の獣人を観察してみたら何かわかるかもしれないって言ってたの」
まさか……。
「それで、作り方を聞いたら、人型の時は人間のと変わらないって言ってたのよ」
…………。
「協力、してくれない?」
「え……?」
睨みつけるような顔で、マリアンヌ殿は言った。
頭の中が、真っ白になった。
まさか、マリアンヌ殿が……?
そして、マリアンヌ殿は試験管を出した。
「コレは?」
マリアンヌ殿は、俺にその試験管を渡した。
「精子、コレに入れてきて」
「は?」
「体外受精で、人工子宮でヴォルクの子供を作るわ」
話が、見えない……。
「専門じゃないけど、それで完全なコーディネーターを作り上げるわ!」
マリアンヌ殿の専門って、何なんだ?
[5]
戻る [6]
次へ
[7]
TOP [9]
目次