バスルームから出てくると、リビングからテレビの音が聞こえてきて、ソファーに座っている和真の後ろ姿が見えた。
「実家に帰ったんじゃなかった?」
そう言って頭を拭きながら和真の隣に座った。
「……帰った」
「なんで居るの?」
「別に……」
和真は仏頂面でそう言った。
寮から出るのならここに来ればいいと言ったんだけど、妹がいるから実家に戻ると和真は言った。
和真は寮にはほとんど帰ってなかった。
いつも僕のマンションにいた。
「妹さんに邪険に扱われた?」
僕がそう言うと、むっとしたような雰囲気になる。
「図星?」
こういうときは分かり易い。
「でも、久しぶりに会った……」
ぽつんと和真が言った。
「どうだった?」
和真の髪をそっとなでる。
少し硬いまっすぐな黒髪。
「……綺麗に、なってたかな」
「そう……」
僕は立ち上がった。
着替えるためにベッドルームに行こうと思っていると腕を掴まれた。
「今日はダメだよ。これからバイトなんだ」
それに、そんな気分じゃ全然ないし。
「バイト?」
和真が眉をしかめる。
「お前、バイトなんてしなくても困ってないだろ?」
「和真のせいだよ」
「俺の?」
「もうここには来ないかなって思ったんだ。ヒマになるなって思ったら、たまたま目についたバイト広告に申し込んでた」
「誰がそんなことしろって言った?」
和真はむっとした顔をした。
「でも、いままでみたいに来れないだろ」
「勝手に決めるな」
「嬉しいよ」
そう言って笑いかけると、和真は僕を抱き寄せてキスしてきた。
「行かないといけないし」
「行かなくていい」
「そういうわけにいかないよ。お願いしますって言ってきたから」
和真が僕から手を離す。
「たまにはすっぽかすくらいのことしてもいいだろ」
「いつか、やってみるよ」
そう言って寝室にあるクローゼットに向かった。
あんまり考えずにいつもの服をクローゼットからベッドの上に出していると、和真に後ろから抱きしめられた。
「何?」
「言い忘れた」
「俺との約束はすっぽかすんじゃないぞ」
「和真との約束なら最優先するよ」
「バイトの方を優先してるじゃないか」
「約束してたわけじゃないし」
「約束してなくてもだ」
そしてベッドに押し倒された。
時間、ないんだけど……。
ま、いっか。
適当に終わらせて行けば間に合うかな。
すると、和真の手が止まる。
「どうしたの?」
「いかがわしいバイトじゃないだろうな」
真剣な顔で言う和真がおかしくて笑った。
「まさか」
「お前、よくわからないトコあるし」
「そう?フツーだと思うけどな」
「お前が普通だったら、異常な人間がいなくなる」
「和真に言われたくないよ」
ベッド横の時計をちらっと見た。
急がないと遅刻だと思った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
バイト先に着いたのは時間ギリギリだった。
ロッカールームで着替えて、急いで店内に行く。
今日は和真の妹もいるはずで、できるだけ早く来ようと思っていたのに。
わからないことがあったら、彼女に聞いてくれと店長にも言われていた。
っていうか、店長、いないし……。
店内をざっと見て、この前和真と一緒にいた女の子を見つけた。
本棚で本の補充をしている。
僕はその子に近づいた。
「桜井さんですか?新しく入った岩崎です。よろしくお願いします」
和真と同じ名字。
それを口にするのは、少し違和感があった。
彼女が僕を見た。
「店長が言ってた人ですね。こちらこそよろしくお願いします」
和真に怒っていた子とは思えないくらいににこやかに笑った。
「えと、それじゃレジの使い方とか説明しましょうか?」
この子が、和真の妹、桜井瑞希。
和真が僕より大事だって言ってた子。
[6]
次へ
[7]
TOP [9]
目次