『代わりの涙』


「セリア、起きてるか?」


ノックをして部屋に入る。奥のベッドで布団に入ってるセリアは、数日前から風邪をひいて寝込んでる。


「食事、食べられそうか?」


起きてるみたいだったからお粥の匂いを嗅がせたが、首を横に振られた。首元に手をそっと当ててみる。



また熱が上がってんな…



「もう少し休むだろうって、後で学校に連絡しておくよ」



本当は少しでも食ってもらった上で薬を飲んでもらいたいんだが…



鍋の蓋を閉じて、一緒に持ってきたタオルや氷枕を準備する。


「…」

「…」





なんだ
なんか背中に、視線を感じる

何かしてほしいのか?



そう声をかけようとした時…


「セルト…」

「うわ、酷いガラガラ声だな」

「セルトはこんな事してて、楽しい?」



は?



「どうした急に」

「楽しい???」


意味が分からずにいると急にガバッと起き上がり、赤くなってる顔を近づけてきた。熱い。


「…まぁ、病人の世話を楽しく思う人間なんていないと思うがな」

「楽しくないんだ」

「楽しいと思う奴なんているのかよ?」

「私は早く学校に戻りたい」

「?」

「学校楽しいし、早く写真撮りたいし、イナちゃんにも会いたい」


うつらうつらと、頭を揺らしながらぶつぶつ呟いてる。その様子につい笑いそうになって、ベッドに腰掛け汗ばんだ頭に手を乗せた。


「なら、早く治さないとな」

「セルトにもやって欲しいの」

「…は?」


さっきから会話は成り立ってない。セリアが何を言いたいのか皆目見当もつかなかった。


「楽しいと思える事とか、やりたいと思ってる事。やって欲しいの」

「………お前、何言って…」


ふらふらしてるし、目もゆらゆらしてる。それでも必死に見つめられて、動けなくなってた。



「私は思うよ?国を出て勉強するのは不安もあったし反対されたりもしたけど、留学できて幸せだって」

「セリア…」

「この国で、この街で、あの学校で。それでなによりも、此処に、セルトの所に下宿させてもらって、嬉しいの。幸せなの!!」


撫でていた腕を降ろされ、力強く握りしめられた。熱くて汗ばんでる。俯いて、肩を上下に揺らしながらガラガラ声で、さっきよりも顔を赤くして何を言ってんだコイツは。


「だからセルトにも幸せになって欲しい!辛い時もあるだろうけど、それでもやりたい事に背中を向けないで欲しいんだよ…」


顔を上げて俺を見るセリアは、泣いていた。


「おいセリア…なに泣いてんだよ」

「泣いてないもん!目から鼻水が出てるんだもん!」

「…そこは普通汗だろ」

「とにかく泣いてない!」

「分かったから…」

「やっぱり泣いてる!」

「どっちだよ」

「セルトの代わりに泣くの!」

「!」


驚いて何も言えずにいたら、おもいっきり抱きしめられてた。


「セルトが泣かないから私が泣く!セルトの分もいっぱい泣く!だからセルトは笑ってて!!!」

「お、おいセリア…」

「…」

「…セリア?」

「……スー…スー」




寝ちまったと分かって、大きく息をついた。



まったく…なんつー奴なんだ………



かけられた言葉どれもが考えもしなかった事で、何一つ反応出来なかった。





“セルトの所に下宿させてもらって、嬉しいの。幸せなの!”



熱のせいもあるんだろうが、んな小っ恥ずかしい事、よくもまぁ大声で…



“辛い時もあるだろうけど、それでもやりたい事に背中を向けないで欲しいんだよ…”



「……」


仕事の事は軽く話しただけなのに、まさかここまで…

泣くまで考えてくれてたなんて

こんなに泣いて…いや鼻水か?俺の代わりって何言って…



“セルトの分もいっぱい泣く!だからセルトは笑ってて!!”





…確かに笑うことは減ったかもしれない

それでも俺は…泣きたかったのか



「ん…セルト…」


呟きながら顔をモゾッと動かしてくる。首筋にセリアの涙がついた。体が熱くなる。目元も。



「…はぁ」




情けねぇな

こんなに声ガラガラなのに沢山言わせて、泣かせて

俺なんかの為に



「ホント…お前はすごい奴だよ」


汗で湿った頭を撫でてやったら、小さく笑い声が聞こえた。起きてんのかと思ったけど寝てるみたいだ。起こさないようにそっと寝かせて、拭けるところの汗を拭いて、氷枕を取り替えて…。



その間ずっと考えていた。


今俺がしている事

これからする事、したい事

楽しいと、やりたいと思う事



でも、そしたらコイツは此処から…


「…」


やりたい事をとお前は言うけれど、気づいたら俺のやりたい事は俺だけの事じゃなくなってた。






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