庭師と教授の1ヶ月目。

*まことにご勝手ながら 教授のお名前を
 あやめ と設定させて頂いています。
*苗字が存在するなら如月と名づけたかったああああ



彼女が宮殿にやってきて1ヶ月。
彼女の声を間近で聞いた3週間。

彼女の澄んだ歌声が届くこと2週間。
彼女を不思議な人だなと思うこと1週間。

花を見つめたその瞳が、綺麗だと思うこと3日。

そんな彼女の歌声が、間近で聞こえるそんな今日。


意思がお固いアルト皇子のお若い教授。

いつもは宮殿の2階から届く歌声は、
今日はオレが仕事をしている庭から聞こえる。


ことは遡り10分前。

「今日はお天気もいいし ここで歌おうかなぁ」
とおっしゃるあやめ様に
「室内がよろしいのでは・・?」
というオレの提案をあっさり却下。

それはもう清々しいほどキッパリと断り、
たかが提案とはいえ、提示したオレも目をぱちくりとした。

決断が早いというか、決めたことには
必ず実行する力があるといいますか・・

庭師が皇子の教授に意見を押し通せるわけもなく。

意地でもここで歌うらしく、いつのまにやら
教授の手には椅子まで引っ掛かっていた。

「体調を崩されない程度にしてくださいね」
と小さく笑いかけたオレに
「もちろん! 日射し強いからシュイエもね!」
とオレの心配までして、一息ついてから彼女は歌い始めた


通りかかったソロレス様やフーリオ様が少しの間、
立ち聞きをして、歩いてゆかれる。

宮殿ではちょっとした名物になっているらしい。



そんなアルト皇子の教授は学者で、噂によると武術、馬術
更には舞踊の勉強にも手をつけているらしく
しょっちゅうそんな本を読んでいる。 らしい。

凄く努力家な人なんだと、素直に感心した。

時折庭に顔を出しに来るあやめ様は、
自分の国のこと、好きなこと、やりたいこと。
そういうのを時々語ってくれる。

立っているあやめ様の後ろに太陽があったからか
眩しいな、と感じて目を細めた記憶もある。

植物も好きらしくて、見たことのない草木や花が
咲いているとオレに聞いてくることもあった。
その庭にオレが居ない時、わざわざオレを探しに厨房にまで。

気になったら今すぐ知りたい性格なのだろうかと。
そして驚くほど一直線だと、同時に思ってしまった。

確かその日はアルト皇子の授業の日だったらしく、
急ぎながら厨房に来た。 それはもう驚いた。
優先順位が逆だと思った。


そんな、 そんなあやめ様は。
この庭が一番好きだという。

多分、きっと。 その言葉を世辞だと思ったオレは
「ありがとうございます」
と一言添えただけにした。 直後目を見開いたあやめ様が
「あっ、信じてないでしょ!?」
と一歩、熱弁するような勢いで近づいた。

多分その時は、 戸惑いながら信じてますよと答えた気がする。


更に数日後だったか、

植物に音楽を聞かせると何たらっていうけど、歌でもいいのかな。

と真面目な顔して草木に向け、目を細めたのを見て
思わず笑いそうになったオレは微笑むだけに抑えて

喜んで聞いてくれると思いますよ

と伝えれば、それこそ花のような笑顔を向けられた。
・・・多分、そのことを覚えていたのだろうか。

嗚呼、彼女はなんとお優しい方でしょう。
例えそれが気のせいだとしても、 ・・そう信じたい、なんて。

・・・わがままだな。



顔をあげれば、1曲歌いきったのか
涼しい顔をして背伸びをしていたあやめ様。


「あ、紅茶でも飲んでいかれますか?」
「いいの? って あ、またシュイエの手汚れてる」


オレの隣に来てしゃがんで、
土とオレの手を交互に見比べるあやめ様。


「私ね」
「・・? はい」
「シュイエの手好きなんだ」


・・・はい? 思わず間抜けた声が出る。

あやめ様の語りはそんなものだ。
第一声 まず好きなもの。 自分の国のこと。
今回は一応カテゴリとしては好きなものに当てはまるのだろうか。

当てはまってはいま・・・すが・・・
いやいやいや、とはいえ オレの手、え?


「・・オレの手、ですか?」
「そう」


目の前に咲いている花びらを、人差し指で軽くつついている
あやめ様はいつもの表情だった。


「いつも草木や花を大事に手入れしている手。
 こんな広い庭なのに、1つ1つの植物を
 大事にしているシュイエの手が好き。」


思わず手が止まり、あやめ様の方を向いたままになる。


「え、と そのようなことを言われたのは初めてで
 ・・・何とお返しすればよいのか、」
「ごめんね、困らせたいんじゃなくてね
 ただシュイエの手が好きなの。」


そんだけ植物を大事にするなら、
その手ももっと大事にするべきだよ。

そう言って、土がついたオレの手の指をつついた

ぴりっと走る痛み。
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