立春も過ぎたというのにとけきっていない雪が、歩道の隅で太陽の光を受けて輝いている。
まだ肌寒い風は彼女の白い頬を撫でていった。
媛北伊亜(ひめきたいあ)は高校二年生。
課題やら塾やらに追われる毎日を送る、ごく普通の女子高校生だ。
ある日伊亜は、いつもと違う帰り道から下校することにした。何てことはない、気分転換だ。
そこで彼女は、見たことのないお店を見つけた。
「カフェ・・・?」
そこは人通りが少ない道にひっそりと建つ小さなカフェだったが、小さいながらも上品な雰囲気が漂っていた。
中を覗いてみると、ウエイトレスらしき男性達が右往左往している。
「どうしようかな」
そう言いつつ、体は先に動いてドアノブを握っていた。
カランコロン、と心地良いベルの音が響くと、眼鏡をかけた黒髪の男性が接客してくれた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「え、あ・・・はい」
「では、こちらへどうぞ」
男性の後についていくと、窓際の日当たりの良い席へ案内された。
店内に客は一人もおらず、奥のキッチンではヒマそうなウエイトレス達が雑談しているのが聞こえる。
「こちらへのご来店は初めてですか?」
「あ、はい」
「有難う御座います。当店の人気メニューは・・・」
男性が丁寧にメニューの説明をしてくれたが、ウエイトレス達の雑談する声が煩くて集中できない。
それに気付いた男性が「申し訳ありません」とキッチンへ向かうと、声が聞こえなくなった。
「失礼致しました」
「いえ」
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
男性は頭を下げてその場を離れる。
その背中を見送った伊亜は、メニューを手に取った。
美味しそうなケーキやドリンクが並んでいて、どれを選べばいいか迷ってしまう。
伊亜は甘い物好きで、よく友達とデザートバイキングなどに出かけたりするのだ。
「ダメだ。決めらんない」
伊亜はメニューを置いて天井を見上げる。それから、入り口付近に立っていた男性を呼んだ。
「お決まりでしょうか」
「いえ。あの・・・」
伊亜は躊躇いつつ口を開く。
「貴方の一番好きなメニューをください」
「は?」
案の定、男性はきょとんとしている。
どうせオススメのものを聞いても迷ってしまうから、店員に任せた方が無難だと思ったのだが・・・失敗したらしい。
「すいません。やっぱり、何でも・・・」
「・・・私のオススメはローズマリーのフォンダンショコラですが、宜しいでしょうか」
「え?」
見上げると、男性は至って真面目な表情でこちらを見ていた。あまりの真剣さに気圧され、伊亜は反射的に「はい」と答えてしまった。男性は頭を下げ、キッチンの方へ向かっていく。
「何か答えちゃったけど・・・ま、食べたことないしいっか」
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