「よーしよし、いい子いい子……あ、笑った!かわいい〜」
いつものバールの昼下がり。
今日の私の腕の中には、いつもの愛用のカメラの代わりに、
小さな赤ちゃんがすっぽり収まっていた。
この子は、近所に住んでいるバールの常連さんの赤ちゃんで、
急用で家を空けることになった彼女の代わりに、急きょ私がベビーシッターに雇われたんだ。
そんなわけで、今日は写真の撮影もお休み。
赤ちゃんのお世話なんて初めてだから、どうなるか不安だったけど、
今のところ大人しくしてくれていて、問題なし。
すごく愛想のいい赤ちゃんで、目が合うたびにニコニコ笑ってくれる。
「赤ちゃんって、かわいいですよね!小さくて、温かくて」
隣のテーブルに座っていたミルズさんに話しかけると、
ミルズさんは穏やかに「そうだねえ」と答える。
「そうしてると、セリアちゃんもお母さんらしく見えるね」
「そ、そうですか?」
ミルズさんにそんな風に言われると、なんだか照れくさい。すると、
「セリアには十年早いんじゃないか?」
と、バールで仕事をしていたセルトが水を差す。失礼ね……まあ、確かにそうなんだけど。
「モルガンさんも、早く来ないかなあ…」
赤ちゃんを揺すってあやしてあげながら、私はひとりごちた。
この町で警察官をしているモルガンさんは、私の彼氏。
ちょっと早とちりで、おっちょこちょいなところもあるけど、大人っぽくて頼りがいがある人。
と言っても、まだ付き合い始めたばかりの、プラトニック?な関係なんだけど…
「今日はこれから、モルガンさんが来るんだっけ?」
「うん、そろそろ来るはずなんだけど……あ、来た!」
バールの扉が開く音がして、噂のモルガンさんが姿を現した。
…でも、なんだか様子がおかしい?
「先輩、いらっしゃい。……先輩?」
セルトが声をかけても、モルガンさんは見向きもせずに、
バールの入口に呆然と立ち尽くしている。
「……セリア、その…子供は」
「この子?かわいいでしょ!モルガンさんも抱っこしてみて……え?」
と、モルガンさんは赤ちゃんには目もくれず、つかつかと私の前まで歩み寄ると、
大きな手で私の両肩をがしっと掴んだ。
「……セリア」
いつになく真剣な表情で、顔を覗き込まれる。
な、何?モルガンさん、なんか怒ってる…?
「赤ん坊だなんて、そんな大事なことを、どうして黙っていたんだ!」
「…え?え??」
彼のすごい剣幕に、わけもわからずうろたえていると、
「俺たちの子供が産まれたなら、何故もっと早く言ってくれなかったんだ!?
こっちにも心の準備ってものが…!」
「……!?なっ、何言ってるんですか、モルガンさん!!
そんな事あるわけないでしょーーっ!!?」
ようやく事態を把握した私は、あまりのことに、つい大声を上げてしまった。
驚いた腕の中の赤ちゃんが泣き出して、私はあわてて宥めにかかる。
な、なんで赤ちゃん抱っこしてるだけで、私たちの子供だって思うのモルガンさん!?
私たち、付き合い始めてまだそんな時間経ってないじゃない!
っていうか、作ってもいないものが、何処から出てくるっていうのよ!?
私達、その……キ、キスもまだなのに!!
彼の豪快すぎる勘違いに、呆れてものが言えない。
口をパクパクさせて、罵倒の文句を探しているうちに、
呆れ顔のセルトが事情を説明してくれた。
「……そういうわけで、この赤ん坊は先輩の子供じゃありませんから、落ち着いてください」
「そ、そうか、違うのか……いやあ、驚いた」
「驚いたのはこっちの方ですよ!」
ようやく泣き止んだ赤ちゃんを抱きなおして、私はこのうっかり刑事を睨みつける。
ついでに、珍しく大笑いしてるミルズさんにも「笑いすぎです!」と釘をさしておいた。
****
騒ぎが収まった後、バールにお客さんがどっとやって来たため、
私とモルガンさんは赤ちゃんを連れて、リビングに避難した。
赤ちゃんはさっきの騒動で泣き疲れたのか、ソファでぐっすり眠ってしまった。
「赤ちゃんも、驚かせてしまったな…かわいそうに」
モルガンさんがソファの傍らで、赤ちゃんの寝顔を眺めながら、申し訳なさそうに言う。
「モルガンさんが変な勘違いするからですよ…もう」
「いや、すまなかった。俺もつねづね子供が欲しいと思っていたから、つい」
「…え?」
驚いて顔を向けると、モルガンさんは、さっきとは少し違う真剣な顔つきで、私の方を見ていた。
「いや、もちろん今すぐに、というわけじゃないんだが……その…いつかは」
俺の子を、産んでくれないか。
「…………」
「……セリア?」
「…ぷっ」
「?ど、どうして笑うんだ?俺は、本気で…」
私は彼の問いには答えず、くすくす笑い続けた。
とんでもない早とちりで大騒ぎしたかと思えば、いきなりプロポーズしてみ
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