「見て!帰ってくる途中のお店でみつけたの。香水の材料と同じ名前だったから気になって。おもわず買っちゃった」
買物から帰ってきた彼女を出迎えるなり彼女が掲げるようにして見せたのは、一見そこら辺に生えていそうな植物だった。
小柄な彼女の両手に収まるくらいの小振りの鉢植えにあふれるように葉が繁っている。
「特に匂いはしないんだよね」
そう言いながらも大事そうに窓辺へと持っていった。
「これね、私が小さい頃にどこかで見たことがある気がして。それで、なんだか懐かしくて。それもあって買っちゃったの」
「そうですか……」
嬉しそうに笑う彼女に相槌を打ちながら、懐かしくも何とも言いがたい気持ちでその葉を眺めた。
見るのは本当に久しぶりである。
それを彼女が持ってきたことで多少の衝撃を受けながら、しばし追憶にふけっていると声がかけられた。
「キア?あのさ、もしお昼まだなら、この間のサンドイッチがいいな」
「かしこまりました」
-----------
それから毎日のように鉢に水をやり、光の当たり具合を気にしたりと彼女は楽しそうにそして熱心に植物の世話をしていた。
時折、慈しむように目を細めて眺めていることもあった。
「ねえ、キア。犬の寿命ってどれくらいかな?」
唐突にそんな質問をされた。
彼女は覚えているのだろうか。
あの時、背にまだ幼い彼女を乗せて走った道々にあの葉が生い茂っていた。
思い出す度に心を暖かくする、自分にとってとても大切な思い出。
鉢植えを見るたびにその暖かい想いと自分の犯した罪が思い出させられた。
-----------
彼女の帰りが遅いので図書館に迎えに向かう道すがら、小さな花屋の店先に並ぶ鉢植えが目に入ってきた。
目に馴染んだ鉢植えが大きな鉢の陰にひっそりと置いてあり、緑が夕日に光っていた。
彼女が買ったのもこの店だろうか。
無意識に歩調が緩む。
大切に植物の世話をする彼女。
犬は元気だろうかと呟いた彼女。
最近のそんな様子が胸に去来する。
一度彼女が嘘をついたとき、それを責めた自分が彼女に嘘をつき続けている。その罪過。
それでも、ただ一つこの世で守りたいもの。
欲しいと切に願ったもの。
彼女が望んでいてくれる間は、その傍に。
自分のすべてを掛けて守りましょう。
あの時自分に向けられた貴方のあの笑顔を。
[7]
TOP