ベルゼビュートの事務所の帰り道、フィーが買い物でもして帰ろうかとブラブラしていると。よく見知った顔と出会った。
「フィー」
無視しようかと悩んでいると、相手から近付いてきた。
「クロセル。またさぼりなの?」
「失礼な。俺は今まで一度たりともさぼったことなどないさ」
キラキラ陽光に照らされ光る、男性にしては長めの金髪。そして双眸に煌めくのは深いグレイ。白い肌も美しく、顔立ちも恐ろしいほど整っているその容貌は道すがらすれ違う女性たちを思わず振り向かせてしまうぐらいには、魅力的だ。
「そう。じゃあさようなら」
「ああ、待ってよフィー。これからどこに行くつもり?」
「関係ない」
「大有りだね。フィー、君、傘持っていないだろう?」
「持っていないと言ったら?」
「ここでしばらく休んでいた方がいいね。これから通り雨が降るから」
「あ、そう。じゃあね」
そう短く答えて去ろうと歩き出したフィーの腕を、クロセルが慌てて掴んだ。そんなクロセルに、フィーは胡乱気な瞳を向ける。
「なによ、放してくれない?手」
「っちょ、俺の言った事聞いてた?」
「これから通り雨が降るんでしょう?」
「なんだ、ちゃんと聞いてるんじゃないか。ならここで大人しくしていたほうが賢明だと思うけど?」
ニコニコと、いや、ニヤニヤと言っても差支えはないだろうが。他の道行く女性たちが見たら歓声、見ほれる笑みを向けながら言ってくる。
「何を期待していたか知らないけど、ほら。傘ならこの通り、折りたたみ傘を持っているから」
「……なんでそんなものを持ってるんだよ、君が」
フィーがカバンの中から取り出した淡い水色の折りたたみ傘を見て、クロセルは不機嫌を露わに落ち込んだ。
「君が、っていうのはかなり気に障る言い方だし失礼だけど。まぁそこはいいとして、キアが心配性なのは知ってるでしょ。今日も」
もしかしたら、悪戯な雨が急に降るかも知れせん。これをお持ち下さい
「って」
フィーは当たり前だというように、そう言う。
「…………」
「これなら納得した?」
(―――――――あの、過保護悪魔が。余計なことをしてくれる)
知り合いの悪魔に対し、あらゆる限りの罵詈雑言を心中で悪態つく。いとも簡単に見透かされたことと、自分の行動がたった一人の少女のことになるとそれほどワンパターン化しているのだという事実に苛立ちが募る。
「じゃ、そういうことで」
これで用件はなくなったと言わんばかりに、フィーは手を振り切った。
「どこ行くんだい?」
「帰るのよ」
その言葉だけを言い残し、フィーはさっさと、今度こそクロセルの前から去った。
「――」
クロセルはしばらくフィーの背中を見えなくなっても尚、見つめていたが、一度頭を横に振ってからどこかへと歩きだした。
見慣れた、帰る場所である香水店の扉を開いて中に入った。
「フィー、お帰りなさい」
「ただいま」
柔らかな笑みが、フィーを出迎える。
「道中何もなかったですか?」
「ええ。帰ってる途中でクロセルに会ったぐらいで、何もなかったわよ」
「悪戯な雨も降りませんでしたか?」
「大丈夫。朝から快晴のままよ」
フィーは笑顔でそう答える。
「フィー、これを」
「あぁ、ありがとう」
そう言って、フィーはクロセルから小瓶を受け取り自分に向けてプッシュした。
師匠が昔、作ってくれた私のためだけの香水。
パイナップルやパッション・フルーツなどの明るく若々しい香り立たせるトップから、フリージアやピーチなどの、ふんわりとキュート且つグラマラスなフローラル・スウィートを沸き立たせるミドルへ。ラストはアンバーの香りが含まれている、甘くも爽やかなこの香水。私の大好きな香り。
でも、この香水は普通の香水じゃない。これは、悪魔を寄せ付けない効果を持つ。
生まれた時から悪魔を寄せつけて、惹き寄せてしまう体質の私の為に師匠が作ってくれたものだ。もとより悪魔と接触しすぎると、人間の身体であるコレに、心体に悪影響を及ぼしてしまう。これはそんな悪影響を無効化する力も持っているのだ。
「よしっ。今日の分はこれで大丈夫」
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