〜クロセルside〜
俺はいつもの公園にいた。
別にこの公園が好きというわけではないけれど、人気の少ない公園の方が、あいつに見つかるリスクが減らせると思ったからだ。
あいつは、俺の学院の生徒だった。
ただ、何を勘違いしたのか、彼女は俺に恋をしたらしい。最初は良かった。無害だったからだ。しかし、もとから思い込みが激しかったのか、彼女は俺をつけ回すようになった。
たまに物を盗られたし、毎日異常な数の手紙が投函された。あるときは自宅に忍び込まれ、襲われかけたこともある。完全なるストーカー行為。
学院から犯罪者を出すわけにはいかない。俺は数カ月の有給休暇を申し渡された。その間に、彼女を更生させようというもくろみだったのだろう。まあ、俺としては、思いがけず有給休暇がもらえ、ついでにストーカーも撃退してもらえるという、願ったりかなったりの状況だったわけだ。
この公園は休暇中に、散歩のついでに見つけた公園だった。あまりにも暇すぎて、ほぼ毎日通っていたら、彼女に見つかってしまったのだが。
「先生が大好きです」
「悪いが、俺は君とは付き合えない」
「なぜですか! 私はあなたと出会えた、まさに運命! 先生は私と付き合うべきなのです」
支離滅裂なことを繰り返し、最終的には抱きついてきた彼女にうんざりしていたそのとき、
ドサッ
「……?」
物が落ちる音。反射的に振り返ると、そこには
「っ、」
見開かれた、きょとんと大きな栗色の瞳。肩までしかない、瞳と同じ栗色のふわふわした髪。小柄な、小動物を思わせる少女がいた。
少女は俺と目が合うと同時に、体を反転させて逃げて行ってしまった。
追いすがってくる女生徒を追い払ったあとで、俺はそっと少女が落して行った紙袋を拾った。
まるでシンデレラだな、と笑う。
中身は、どうやら香水の材料のようだった。そういえば、マルコキアスのところのお嬢さんが、調香師だったような気がする。
それが、リリーとの出会いだった。なんというか…、今思い返しても最悪の出会いだと思う。
なにせ、次に会った時にはひどく警戒されていた。マルコキアスに何か言われていたのかもしれない。
まあ、そんなことは今はどうでもいい。
……リリーに、見られてしまった。
いつかの出会いを再現するかのようなシチュエーション。
凍りついた空気。
一瞬泣きそうな顔になって、走って行ってしまったリリー。
呼んでも振り返らなかった。
女子生徒の方は、俺の好きな人を聞き出そうとあの手この手を使おうとしていたが、俺は気にも留めなかった。
綺麗にラッピングされた箱。
きっと、乱雑になりすぎず、綺麗になりすぎず、細心の注意を払ったのだろう。
しゅるり、とリボンを解く。箱に入っていたのは……香水だった。
『フローラルマリン』
美しい草書体の金文字で、そう書かれていた。
…作ってくれないと思っていたのに。
シンデレラなリリーに、口元がほころんだ。
ちゃんと、リリーに説明しようと思った。何もかも全部。
ちなみに、女生徒は既に学院の手に負えない存在となりえ、警察に被害届を出すことになった。今頃、逮捕状を持った巡査が、彼女の家に向かっているころだと思う。
俺は上空を仰ぎ見た。暗雲。もうすぐ雨が降るだろうな、とどうでもいいことを思う。
「ねえ、」
と、俺は空を仰ぎ見たまま、公園の入り口に佇む人影に向かって話しかけた。
「リリーはどうした?」
「…泣いていました」
「そう……」
入り口を見やる。そこにいるのは、予想通り、やはりマルコキアスだった。
「それで、なんで君が来たの?」
「いえ。リリーが来る前に釘を刺しておこうと思いまして」
風景に溶け込んでしまいそうな黒スーツ姿。ピシッとしたその立ち姿に悪魔という言葉はあまりにも似合わない。
「釘? 俺は別に、取って食おうとは思わないよ」
「分かっています。しかし」
マルコキアスは、切れ長の瞳で俺をじっと睨みつけた。
「リリーを泣かせるとは何事ですか。理由が何であれ、リリーを泣かせることは許しません」
「分かってるよ。でも、俺にも分からない。なんでリリーが泣いていたのか」
すると、マルコキアスは呆れたように嘆息した。ぞんざいな足取りで俺のそばまで来る。
「まさか貴方がそこまで朴念仁とは」
「あのな? 思い当たらないことはないよ? それ言ったらあんた俺をぶっ飛ばすでしょ」
俺は頭を抱えた。
唯一思い当たる、彼女が泣く理由。
それは―――――――――
「なら結構です。…もう一度、リリーを泣かせてみなさい、」
そこで、彼はいったん言葉を切った。瞳に力を入れて声を低め、続ける。
「…………リリーに止められようとな
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