クロセルと出会って、一月が過ぎた。わたしは、買い物に出かけた時は決まってあの公園に寄るようになった。
 でも、それ以外はあまり変わらない。お店に人間のお客さんは来ないし、キアの心配性も相変わらずだ。
 べ、別にクロセルのために行くわけじゃない。あの答えを先延ばしにされたままだから、なんとなく気になって毎日通ってるんだ。
「何、どうしたの? いきなりこっち睨んできたりして」
「別に……」
「んー。まあいいけど」
 言って、クロセルは長い脚を組みかえた。どうやら足を組むのがクロセルの癖らしい。
「クロセルって、いつもここで何やってるの?」
「何って……。リリーを待ってる?」
「なんで疑問形……」
「特に何もやってないけど…、昼間は子羊ちゃん達の授業をやってるし、これでも教師だから忙しいんだけど」
「だったら、」
 反論しようとした唇を、細い指が押えた。
「企業秘密」
 クロセルが、にっこりと微笑む。
 頬に朱が散るのを感じた。ずるい、こんなやり方で秘密にするなんて。
 赤くなっているであろう顔を隠すために、ついとそっぽを向く。くつくつと押し殺した笑いが聞こえてきた。思わず振り向いて叫ぶ。
「笑わないでよ!」
「い、いや、リリーがあまりにも可愛いから…っくくく」
「かかか可愛くないし!」
「その詰まってるところが可愛い」
「〜〜〜〜っ!」
 無言でバシバシと殴る。あまり痛そうじゃないのが、さらに悔しさを増幅させる。
「はいはい、叩かない叩かない。それと、何をどう言われても可愛いのは本当のことだから。マルコキアスにも聞いてみようか?」
「いい! いいから!」
 何そんな気恥ずかしいことを実行しようとしてるのよ! クロセルなら実行しかねない。というか読めないから、どうしようとしてるのか全く分からない。
 少し首をかしげて、クロセルはそういえば、と続けた。
「そういえば、リリーって調香師だよね」
「そ、そうだけど? それがどうかした?」
「今度、俺にもプレゼントしてよ」
「ぷ、プレゼント?」
 香水? 香水だよね?
 クロセルなら既に持ってそうだけど。
 クロセルのイメージだと……オリエンタル系かな? どうだろう。考え込んでいると、クロセルからリクエストが来た。
「そうだな……子羊ちゃんを虜にできるようなやつ」
「なななな無いわよそんなの!」
 何言ってんのこの人。そんなの無いし! 無いんだから! あってもあげないし。だ、だって惚れ薬入りを使うなんて卑怯じゃない!? そんなので虜にしちゃダメだもんね。
「物の例えだよ。なんでそんなにムキになってるの」
「うううううううう……!」
 呆れたように言われ、言葉に詰まる。
「べ、別にムキにとかなってないし! 無いものは無いの! それだけだから!」
 このあいだサレオスに同じようなことを聞いてみたことは秘密である。
 ぷい、とそっぽを向き、
「帰る!」
 と一言叫んでから、わたしは買い物袋を抱えて勢いよく立ちあがった。すると、思い出したように彼が声をかけてきた。
「あのさ、」
「何!」
「顔真っ赤」
「っ!? しっ、知らない!」
 わたしは頬の熱を振り払うようにして走り去った。
	
		
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