〜ヴァラクside〜
「いーい! まずはアピールしないと始まらないのよ!」
「…………」
あぴーる? 何それ食べれるの?
数日前、協力してくれるといったアスタロテは、さっそく今日から僕の庭にやってきた。
で、やってきて『あんたに足りないのは何か分かる?』『…』『はぁ…』というやり取りののち、ビシィッと指を突き出して放たれたのが、これだ。
僕は真っ赤なマニキュアの人差し指をさりげなく避けつつ、
「…いきなりアピールとか言われても困る」
「はんっ、だからあんたそんな歳まで恋人できないのよ」
「・……」
とんでもなく失礼なことを言われたような気がする。
でも、実際アピールなんて見たこともやったこともない。
「嘘おっしゃい。意識してないだけで見たことはあるわよ」
「……」
「黙秘権は使えないわよ」
…別にみたことなんかないし。黙秘権どうこうじゃないし。
「むくれても無駄。しょうがないわね…街に繰り出して実際に見てみる?」
「…それは嫌」
僕は緩く首を横に振った。
人込みは嫌いだ。
人のキラキラした希望と、どろどろした黒い欲望とが混ざり合って気持ちが悪くなる。
アスタロテは、しょうがないわね、と再びため息をついた。
「じゃあ、アピールとは何か、は分かってるわけね」
「…なんとなく」
要は、相手が好きだってことをにおわせればいいんでしょ?
でも…
「分かってるならいいわ。これはテクニックと情熱の問題だから」
定義なんて講釈してる暇はないわ、とアスタロテはぺろりと唇をなめた。
「……じょうねつ…」
「あによ、なんか文句あるの?」
「……別に」
「あんたそればっかりね」
不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、ま、いいわ、と緩くウェーブのかかったストロベリーブロンドをうっとうしそうに背中へはらう。
「ここ数日、リリーちゃんには会ってないのね?」
返事をするのもわずらわしく、僕は軽く首を縦に振った。
来てないよ。そうじゃなかったら、アスタロテなんかに相談してないし。
僕は黙ったまま、ティーポットから紅茶をいれる。ふわりと湯気がのぼり、茶葉が匂いたった。
「あんたから会いに行こうとは思わないの?」
「……会いに行くには、街を通らないと」
「……バカなの?」
真剣に答えたのに、ひどい言われようだ。
ムッとする僕をよそに、アスタロテはいらだちを抑えるように真っ赤な爪をいじくっている。
「情熱って言ったでしょ? あんたに必要なのはそういうことよ。押しが足りないの。女の子は得てして押しに弱いんだから」
「……リリーはそうじゃないかも」
「甘い!」
再びビシィッッ! と人差し指を突きつけるアスタロテ。髪と同じ瞳は、至って真剣な光をたたえている。
「好きな人を特別視したいのは分かるけど、しょせんリリーちゃんだって一人間の女の子なのよ。それはリリーちゃんが特別であろうと変わらない事実よ」
「…」
「確かにそうじゃない子だっているかもしれない。私は世間一般の意見として言っているだけだから」
そんなこと言われても。
僕は顔をうつむける。手の中のティーカップが、見慣れた僕の顔を映しだした。
押すとか。情熱とか。
そんなの、こっち側の主観的な自己満足に過ぎない。それが相手に響くかなんてわからない。
――結局のところ、僕はリリーに拒絶されるのが怖いのかもしれない。
もしリリーに嫌われたら?
アスタロテが言う情熱とやらは、どうなるんだろう。僕のこの気持はどこに向ければいいんだろう。
でも、ひとつだけ言える。
何があっても、リリーには嫌われたくない。
「…ま、何をどうしようとあんたの勝手よ。私はあくまで協力を申し出ただけだもの」
つい、と僕を試すように瞳を眇める。爪と同じく、真っ赤なルージュに彩られた唇が、にっ、と釣り上げられた。
「僕は―――」
結局、どうしたいのだろう。
口を開いたものの、言葉が見つからなくて、僕はそっと視線をずらす。と、その時。
「――ヴァラクー!」
「…!?」
鈴を転がしたような、かわいらしい声。ここ最近、聞きたいと思ってたのに聞けなかった声。
「リリー!」
「こんにちはー。あれ、アスタロテもいるの? 珍しいね。ヴァラクをいじめちゃだめだよ?」
困ったように笑うその姿は、まぎれもなくリリーだった。
小首をかしげる癖。ふわふわの、肩までしかない茶髪。ふわりと香る、何かの香水の匂い。
何も、何も変わってない。
「ヴァラク、久しぶり。一週間ぶりくらいかなー」
とてとてと歩み寄ってくる。
緩みそうになる顔を慌てて引き締め、僕はそれにようやく答える。
「…久しぶり」
「うんうん!
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