「……」
わたしは、いつかと同じようにして、公園の手前でそうっと中を覗き込んでいた。いつかとは違って、クロセルはちゃんとそこにいる。
いつものベンチ。彼は退屈そうに足を組み、ぼんやりと空を仰ぎ見ていた。あの鳶色の瞳が見えないのが惜しい…って、何を思ってるんだわたしは。
不意にクロセルがこちらを向いた。
さらり、と流れるくすんだ金髪。
目が合う。吸い込まれるような、切れ長の鳶色。
わたしはその場に縫いつけられたように動けなくなった。心臓が早鐘を打ち始める。頬がうっすらと上気するのをぼんやり感じながら、わたしはもつれそうになる足を動かし、クロセルに歩み寄る。
「え、えっと、おはよう?」
「うん、おはよう」
ぎこちなく発した声。微笑み、さらりと答えるクロセルに、なんとなくイラッと来る。わたしだけドキドキして割に合わない。
勢いよくクロセルの横に座る。間は十数センチ。これ以上はドキドキしすぎて詰められない。
最初は三十センチくらい離れてたなぁと思うと、クロセルに慣れてきている自分が信じられない。
「あのさ、俺リリーにちょっと話があるんだよね。……だから、もうちょっと寄ってくれない?」
なんだって? わたしの心臓を破裂させる気か?
「秘密の話。ね? 俺にもちょっとぐらい言い訳させてほしいんだよ」
「言い訳……」
そう、か…。そういえば、クロセルには好きな人がいるんだっけ。きっとクロセルに釣り合うような、大人っぽくて綺麗な人なんだろうな。
早鐘を打っていた心臓が、きゅうっと縮む。勢いよく全身の血液を押し出していた心臓は、たちまち弱々しく拍動を打つようになった。
胸がきりきりと痛い。
「もう、じれったいなぁ」
うつむいてしまった私の方に、クロセルがぎゅっと詰めてきた。一瞬息が詰まった。いや、もう窒息死しそうだった。
隣にクロセルの体温がある。悪魔のくせに、彼らはしっかり温かい。
落ち着け、落ち着くんだ自分! 大丈夫、大丈夫、クロセルの一人や二人や三人!(←意味不明w)
とりあえずわたしは自分を落ち着かせるために深呼吸することにした。吸ってー、吐いてー、
「……?」
クロセル本来の香りに混じって、見覚えならぬ嗅ぎ覚えのある匂いがした。ふわりと漂うフローラル。これは…桜か。桜に交じって、すっと抜けるようなさわやかな香り。間違いない。これは―――
「ねぇ、これもしかして、」
「フローラルマリン」
クロセルはにこやかに答えた。
「作ってくれないと思ってたんだけど…。ありがとう。こういうのもいいかもね。気に入ったよ」
「なっ、別にあんたのために作ったわけじゃないのよ! ちょっとオリジナルを作ろうと思って、そのついでなんだからね! 決してあんたに似合うような香りを探してたわけじゃないんだから!」
「へー、似合うようなのを探してくれたんだね」
「違うんだってば!」
くつくつとのどの奥で笑う気配。わたしは赤い頬を隠すようにしてうつむいた。
「…こないださ」
「……うん」
「なんで逃げたの?」
「……」
静かな問いに、わたしは答えられない。なんで、だろう? ポンッと頭の中にアスタロテが現れて言う。『今よ、コクりなさい!』 無理なんだってば。
「……なんとなく」
「そっか」
絶妙なチャンスを『なんとなく』で濁してしまった…。くっ、なんなんだわたしは! コクりたいのか? そうなのか!?
クロセルの軽い相槌を最後に、降りる沈黙。
ああああ、どうしたらいいんだろう。
頭を抱えるわたしを横目に、クロセルが口を開く。
「俺、リリーのこと好きだよ」
「あ、そう」
へー、クロセルってリリーのことが好きなんだー。ん? リリーって誰だっけ? あぁそっかぁ、わたしじゃん。なんか聞き覚えあると思ったんだよね、なんだわたしの名前か。
………………。
……………………………。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっっっっっ!!!!!!!」
「そんなに驚くこと?」
あはは、と笑うクロセル。ひどくあっけらかんとしている。
「わ、わたっ、わたしぃっ!?」
「うん」
「ななな、なんで!?」
「なんでも。え、何? もしかして語ってほしい? 素直になれないところとか、すぐ赤くなるところとか、実は純粋なとこ…」
「いやあああああっ」
ベシベシベシッとクロセルの背中をたたく。な、なんでそんな恥ずかしいことをさらりと言い始めようとするかなっ。もうちょっとこっちの気持ちを察しようよ!
「ほら、そんな可愛い顔しない。襲っちゃうぞ?」
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