ある日の夕方ほど、俺は花の世話をしていた。
ゆったりとした落ち着いた時間を花と過ごすのは心が癒された。
いつも通り。そう考えていた時、不意に後ろから声をかけられた。
「あ、シュイエ!こんばんは。」
全身が痙攣する。別にその声の主が嫌いとか、怖い訳ではない。
「こ・・・こんばんは、ヒナ様。」
その人は第三王子の個人教授であり、俺のことをよく気にかけてくださる方。
優しく聡明で、尚且つ美しい。そのため宮殿中の人気者だ。
「新しい花育て始めたの?なんていう花?」
そっとしゃがみ、愛おしそうにそっと芽を撫でる。
その仕草にドキッとした。
どうやら俺は、この人にいわゆる恋をしているのかもしれない。
「それは・・・アネモネ、です。」
ドキドキする胸を押さえ、できるだけ落ち着いて言う。
「そうなんだ・・・あ、そうだ!」
彼女が突然立ち上がる。斜め後ろに立っていた俺は驚き一歩後ろへ下がった。
「シュイエに渡したい物があったんだ!ちょっと待っててね!」
そう言い残し走り去る。後姿はあっという間に見えなくなってしまった。
その場でそわそわしていると、彼女が何かを手に戻ってきた。
「ごめんごめん、途中で色々あって・・・。」
彼女が持っているのはどうやら櫛とリボンのようだった。
綺麗な黒髪に似合いそうな淡い銀色のリボン。
それを嬉しそうに握り、
「後ろ向いて座ってくれる?」
と聞いてくる。その楽しそうな笑顔。断れる訳がない。
「ちょっと動かないでね・・・。」
噴水に腰かけ、水に足を漬ける形で彼女に背を向けた。
すると彼女は俺の髪を梳かしはじめた。
「ちょ、な、何なさってるんですか!?」
「いいからいいから!」
背後から聞こえる楽しそうに弾んだ声。仕方なくじっと待つことにした。
すると彼女はご機嫌に歌を口ずさむ。優しくゆっくりしたメロディ
だんだん眠くなっていく。歌に包まれていくようだった。
はっとして目覚めたと同時に彼女の声がした。
「できたー!」
何が?と思ったが、ふと首筋が少し寒く感じた。
まさか・・・
「髪・・・を?」
「うん。勝手にまとめさせてもらっちゃった。ごめんね?」
振り返り彼女を見るが、全く反省してなさそうな顔をしていた。
やっぱり似合ってるよ、と彼女が手鏡をこちらに向ける。
恐る恐る顔を斜めにしていくと、あの淡い銀のリボンが見えた。
「シュイエに似合いそうだな〜って思ってさ。どう・・・かな?」
上目遣いでこちらを見つめる彼女。
「あ、りがとうございます・・・!大切に、します!」
心の底から思った言葉。彼女は嬉しそうに笑って良かった、と呟いた。
「あ、ごめん!そろそろ帰らなくちゃ・・・シュイエ、また明日!」
こちらを向きながら手を振り、部屋に戻っていく。
「は・・・はい!ま、また・・・明日・・・。」
また明日、か。
明日も会えると思うと幸せな気持ちになる。
しゃがんで芽をそっと撫でた。明日も頑張ろう。
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