「そろそろ時間なので、お先に上がらせていただきますー」
にこやかに彼女が言った。
「お疲れ様、桜井さん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
桜井さんが帰ると、景色がもそっとした感じがする。
気が抜けてしまうのだろうか?
彼女は底抜けに明るい。
いるだけでその場の雰囲気が華やかになる。
あの和馬の妹なのに。
暗くて陰険でいるだけで声をかけづらい雰囲気を放っている和馬の。
和馬が大事にするの、無理ないのかも。
自分にないものを持っているから、惹かれるのかもしれない。
でも、彼女のこと、嫌いになる人なんていないんじゃないかな?
まぶしすぎるくらいにまっすぐで。
「あの……」
レジ裏で作業をしていると、声をかけられる。
「いらっしゃいませ」
やばいやばい。
他のことを考えてた。
ごまかすように笑顔で応える。
台に置かれた科学雑誌。
その雑誌を持っている人物に目を向けると、彼女のクラスメートの柳田くんだった。
さわやかなイケメンは、目を逸らし気味に雑誌を見ている。
ここにも彼女の信奉者がいた。
「桜井さん、今日は帰りましたよ」
笑顔が思わずこぼれてしまう。
「別にそんな用事で来たわけでは……ないです……」
恥ずかしそうに答える感じがホントに初々しい。
「780円になります」
そういうことにしておいてあげよう。
そう思いつつ袋に入れる。
お金を受け取り、雑誌とおつりを渡す。
「あの……、この後、ちょっといいですか?」
「え?」
営業スマイルを浮かべつつも、和馬が僕に怒る映像が脳裏をよぎった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
バイトが終わって、ファーストフード店に来ていた。
ざっと見た感じ、ほどよく席が埋まっていて、柳田くんはどこだろうかと思っていると、彼は奥の4人掛けの席で、先ほどの雑誌を読んでいた。
「お待たせしました」
バイトは終わってたけど、とりあえず敬語で話しかけた。
距離を詰めるつもりもなかったし。
「あ」
僕が来たことを知ると、雑誌を閉じて鞄にしまう。
その動作に無駄がない。
育ちの良さそうな少年だと思った。
金持ちっぽいとかじゃなくて、まっすぐすくすく育ってきたみたいな。
幸せな家庭なんだろう。
「すみません。バイト終わりでお疲れなのに」
申し訳なさそうに柳田くんは言った。
「別にいいですよ」
僕は席にコーヒーとチーズバーガーを置いて、彼の正面の席に着き、にこやかに答える。
和馬に知られなきゃいいし、好奇心もなきにしもあらず。
「それで、どんなご用ですか?」
「あ……、えと……、その。ホントにお兄さんなのかなって……」
「ん?」
「さっきも、その……、一緒に帰ってたから、兄妹って、そんなに仲がいいものなのかなって……」
柳田くんは顔を真っ赤にして、僕から目をそらして言った。
「間違いなく和馬だと思います。桜井さんの予定はしっかり頭に入っているはずですから」
「は?」
「バイトのシフト表、僕が渡して、それを見て桜井さんを迎えに来てるんです」
「どうしてシフト表を?」
「和馬に頼まれたんです。和馬は妹大好きだから」
そう言って、コーヒーを飲む。
「お兄さんってそういうものなんでしょうか?」
「ちょっと普通じゃないかもしれないけど。桜井さん、かわいいから」
柳田くんが小さくため息をつく。
「そうなんですよね」
そう言って、ポテトを一本つまむ。
「桜井、性格が良くてかわいいから、同学年からも年下からも慕われてて……。今度は年上か? って思ってたら、お兄さんだって聞いてホッとしたって言うかなんて言うか……」
「やっぱりモテるんだ」
「そうですね」
そう言って、今度は深いため息をついた。
「でも、和馬は、他のどんなライバルよりも、強力にキミの前に立ちはだかるかもしれないですね」
「そうなんですか?」
柳田くんは頭をかかえた。
「がんばって。僕はキミの味方になるから」
思わずそう言っていた。
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