コイツさえいなければ先生に質問できたのに。

我が国第三王子の個人教授マリアンヌ殿が、本を返すついでに借りたい本があると言い、俺は10冊は越える辞書タイプの返す本を両手で抱え、マリアンヌ殿と図書室に行った。

獣の時ならば、これくらい大したことはない。
人の時でも持てる重さだ。

しかし、図書室には、アルト様がいた。
……最近、遭遇率が高いような気がしないでもない。

アルト様は勉強の途中で眠ってしまったようだ。

聡明で、気高く、気品あふれる我が国第三王子。
だが、眠っている姿は、どこにでもいる子供と何ら変わりはない。

……。
…………。

寝かしておいた方がいいだろう。
起こしていろいろ言われるのも面倒だ。

そう思っていると、マリアンヌ殿はそこに行くのが当たり前と言わんばかりにアルト様の元に行く。
そして、綺麗な白い手で、優しく王子の肩を揺する。

俺は血の気が引いた。
あの傍若無人な王子を起こすなんて、なんて怖いもの知らずな……。

イヤ、あのマリアンヌ殿だし……。
どっちの傍若無人さが勝つんだろうか?

そう考えた時、マリアンヌ殿の方が上のような気がした。

あのマリアンヌ殿だぞ。
王子の師だぞ。

それ抜きでも、この人は最恐だぞ。

「王子、王子」

だが、母親のようなまなざしで幼い王子を呼んでいるその姿に、思わず見惚れてしまった。

いつもの無邪気に振舞うマリアンヌ殿と、少し違う。
まるで、聖母のような清らかさ。

「あ……、先生」

寝起きのアルト様の顔。
年相応の、あどけない表情。

宗教画のようなシーンに、獣人の俺は、ここにいてはいけないような気さえしてしまった。

「どうされました? 眠っておいでのようでしたが」

鈴の音のようなマリアンヌ殿の声。
そして、優しく微笑む。

この人、こういう時は、ホントに綺麗なんだ……。
いつまでも見ていたいと思ってしまうほどの美しさ。

それを見ていると、獣である自分の姿が、彼女と不釣り合いであることに気づく。
こういう時は人でいたいと思ってしまうが、俺は姿のコントロールはできない。

でも、マリアンヌ殿は、獣の姿も好きだと言ってくれるが……。

「少し居眠りをしてしまった……」

恥ずかしそうに目をそらし、でも少年は口元に笑みをこぼした。

ほほえましすぎる……。

どっちが傍若無人かなどと、そんなことを考えていた自分が恥ずかしいとさえ思ってしまった。

しかし、目をそらしたアルト様の視線が、俺の持つ本を捕らえ、嫌そうな目つきになり、その目が俺をまっすぐ見る。

その表情は、『邪魔だ』と俺に言っていた。

すぐに背筋が伸びた。

「ま……、マリアンヌ殿。この本は、返却口に持っていけばいいのか?」

一刻も早く、立ち去らねばならない。
今すぐ、ただちに、とっとと、すばやく。

「そうだけど、頼んでいた本があるから、私も行くわ」

来なくていい……。
恨めしそうにアルト様が俺を見ている……。

それを言うわけにもいかない。

「いや……、アルト様の質問とか、聞かなくていいのか?」

「余は質問などない。わからないことは、自分で調べる」

敵の情けなどいらないとばかりにアルト様は言い放つ。
マリアンヌ殿はそれを聞いて、アルト様に微笑みかける。

「ご自分で調べるなんて、関心ですね」
「普通だ」

アルト様はむっとした顔をしていたけれど、嬉しそうに頬を赤らめていた。

「私はしばらく図書室にいますから、どうしてもわからないことがあったら聞いてくださいね」
「うむ」

厳めしくうなずいた後、こっそりと微笑むアルト様は、俺には仏頂面しか見せない御方と同一人物とは思えなかった。

こんなかわいらしい一面があるとは……。

「ヴォルク、お願い」

マリアンヌ殿は俺を見てにこやかに言うと、カウンターの方に歩きだす。
あわててアルト様に頭を下げると、マリアンヌ殿の後を追った。

なんて美しい師弟の応対なんだと思った。
今のマリアンヌ殿を見て、惚れるなと言う方がムリだ。



……この二人、傍若無人なのは、俺にだけなのか?
11/10/23 02:52更新 / 佳純

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