訓練所に行くと、弓の訓練をしているアルト様を見かけたのだが、アルト様は弓を持ったまま、ぼんやりとしていた。
「アルト様」
俺が声をかけると、アルト様はハッとしたような顔をして、声をかけたのが俺だとわかると明らかにむっとしたような表情をした。
「お前か……」
喜怒哀楽があまりないお方なのだが、その表情は、むっとしたというより、どことなく恨みがましい表情にも見えた。
「弓の訓練ですか?」
「そうだ……」
いつになく、そっけないというか、なんというか……。
「集中力を高めるには、いいですよね」
俺がそう言うと、アルト様はしばらく黙りこんでいた。
「……先生から聞いたのか?」
「え?」
「余が集中力を高めるために弓の訓練をしていると」
アルト様は、怒りを押し殺したようなオーラをまとい、俺を睨みつけた。
「あ……、えぇ、はい、まぁ…………」
親衛隊員として王子の護衛もしているのだが、いつもはこちらのことなど眼中にもないような表情をしていたのに、アルト様は明らかに俺に敵意を向けていた。
思い当たる原因は、ひとつしかない……。
「マリアンヌ殿が、アルト様は何事に対しても一生懸命で、自分も教えがいがあると言っていましたよ」
「だから、なんだ?」
怒りのオーラが強まった気がする……。
「弓の成果が表れているのではありませんか?」
褒めているのに、気分を害してしまった?
「わからん」
アルト様は、苦々しくそう言った。
「なんで先生は、お前のような阿呆を選んだんだ?」
静かな怒りが、伝わってくる……。
「俺だって、びっくりです……」
「それではいかんのだ!」
アルト様は、人が変わったように怒りだした。
……俺にどうしろって言うんだ?
「お前は先生に選ばれたんだ。それならお前はその理由をわけなく答えられるような者でなければならないんだ」
「いや……。それは、ちょっと……」
マリアンヌ殿を理解することは、俺にはとてもじゃないけどできません……。
「先生はこんな余の先生になってくれるのが不思議なくらいの天才だし、今まで会ったことがあるどんな人間よりも美しいし、そんなすごい人なのに明るくて気さくで、余が王族として何の力もないと知っても、それで態度を変えたりせず、いままで通り振る舞ってくれて、あんなに優しい人が余の前に現れてくれただけでも余は神に感謝したい気持ちだったんだ」
アルト様、お気を確かに……。
マリアンヌ殿には、確かにそういうところもありますが、あなたが見落としているとんでもないものがあります……。
「余の夢を、お前が奪ったんだ……」
その夢は、夢として虚空に留めておくだけがいいと思います。
「お前など、本当なら親衛隊除隊で国外退去にでもしてやりたいくらいなのだが、そんなことをしたら先生が悲しむだろう?」
「アルト様……」
もう、おいたわしいとしか、言えない………………。
「それに、先生までお前について我が国を出て行ってしまうかもしれないし……。余は、先生に教えてもらいたいんだ。だから、先生には、まだこの国にいてほしいんだ」
健気すぎる……。
それにしても、我が国が誇るべき第三王子まで、あのマリアンヌ殿のよくわからない魅力に取り込まれてしまっているなんて……。
恐るべし、マリアンヌマジック。
「余は、年下のこんな年端も行かない子供を好きとか言う女には虫唾が走るのだが、先生は別だった……」
この王子、自分のことを、年端もいかない子供とか言ってるよ?
謙虚なのは護衛する者としてありがたいんだけど、そんな子供に責めたてられてる俺の立場は?
「だが、先生が変態ではなかったと、喜ぶべきところなのだろうな……」
そう言ってアルト様は、儚い表情で微笑んだ。
アルト様、マリアンヌ殿は、間違いなく変わり者の変態です……。
とは、とてもじゃないけど言える状況ではなかった。
「余は、先生と付き合っても先生が変態と言われなくなるくらいの年まで成長したら、余のことをどう思っているのか、聞こうと思っていた」
付き合いたいとか、嫁にしたいとかじゃなくって、聞くだけというのが涙を誘った……。
「それなのに、どうしてお前なんだ!」
「アルト様……」
あのような変態に思いを寄せるこの王子を、俺は不憫に思った。
「その答えは、アルト様がもう少し大きくなったら、理解できる日が来るのかもしれません……。ですが、それは必ずしも一般人にとって幸運なこととは限りません……」
「お前は一般人ではないのか?ただの平民だろうが」
アルト様が俺を獣人としてではなく、一般人として扱ってくれたことを嬉しく思った。
「俺は……、あの人の暴挙に耐えられる、Mなんです」
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