舞踏会を後にして。

月明りは、蒼く世界を照らしていた。

会場から飛び出したマリアンヌ殿を追いかけ、庭園のところで立ち止って木を見上げていたマリアンヌ殿を見つけた。

ほっそりとした体に、ドレスがよく映えていた。

「マリアンヌ殿」

「この木、聖雪祭の時、ヴォルクが昼寝してたよね」
木を見上げたまま、マリアンヌ殿は言った。

「あの日は、雪が積もっていたから、そこしか昼寝できなかったんだ」
「それでも昼寝、するんだ」

マリアンヌ殿はそう言って、こちらを向いた。
淋しそうにほほ笑むその姿は、夜の闇でただひとつ輝く月よりも綺麗だと思ってしまった。

「マリアンヌ殿。……俺は、俺はマリアンヌ殿のことを嫌ってなどいない」
「……イングリフさんに、そう言えって、言われたの?」
「イングリフ様なんか関係ない。あのバカ上司に何か言われたのか?」

マリアンヌ殿は首を振った。

「イングリフさんは、いろいろ相談に乗ってくれただけだよ」
「あのボケの言うことは、真剣に取りあったらいけない」

いや、そうじゃない。
俺は、そんなことが言いたいんじゃない。

「……この国に居てくれないか?」
「え?」

「俺は、マリアンヌ殿に帰ってほしくないんだ。マリアンヌ殿に帰られるのが嫌なんだ。皆が……、いや……皆がどうかは関係ない。俺が、お前にいて欲しいんだ。帰らないでくれ…!!これからもずっと、俺の傍にいて欲しい」

マリアンヌ殿は、目をぱちくりさせて、ポカンとした顔で俺を見ていた。

「それ、プロポーズ?」
「え?」

なんだそれは?
俺、マリアンヌ殿にプロポーズしてたのか?

俺は、マリアンヌ殿をこの国に留めないといけなくって、それで、未来の親衛隊員確保のために………………、あ゛?

イヤ……俺は、そんなつもりで、言っていたわけじゃない。
任務なんて関係なく、俺は、マリアンヌ殿に帰ってもらいたくはなかった。

……でも、そこまでのこと、言ってたのか?俺は。
そうなのか?俺!

「ヴォルクは、私のことが好き?」

一気に顔の温度が上がった。

眩しいくらいに明るい笑顔。
まとわりつくような視線。
難解な言動…………。

…………アレを、好きなのか?俺は。

でも、マリアンヌ殿は、不安そうな顔で、俺のことを見ていた……。

「あぁ……」
なんか、そう答えていた……。

でも、嫌いなはずがないんだ……。

「ホント?」

この、嬉しそうな笑顔を俺に向けてくれる、愛らしい人のことを。

「マリアンヌ殿のいない時間は、何だか物足りなかった。俺は、マリアンヌ殿のことが、好きだ……」

マリアンヌ殿は、何かを考え込んでいるようだった。

俺は、待った。
というか、次に何を言えというんだ?

こういうの、苦手なんだけど…………。

「うん、帰らない。この国にいるよ」
「本当か? 本当に、良いのか……?」

「本当だよ、ヴォルク」
「よかった……。いつか帰ることは最初から分かっていたのに、いざそのときになると、どうしたら良いのか分からなかった……。ずっと、傍にいてくれ……」

「その代わり、私の研究、手伝ってもらうわよ」
「え……?」

「もちろん、体外受精も人工子宮もクローンもナシだから安心して」
「そ、そうか……」

そう言われてホッとしたんだが、でも、何か言いようのない嫌な予感がした……。

「私ね、研究に行き詰ってたときに、イングリフさんから聞いたの。獣人の子供を観察すれば、コントロールのことがわかるかもしれないって。それで、私が母親になればいいって言われたの」

あんのヤロォォォォォ〜。
やっぱりアイツのせいか、あのクソったれアホ上司のせいでこんなことになったんじゃないか!

「でも、恋人でもないのに、そんなこと頼めないでしょ?それに、研究に必要だからだなんて、ロマンもへったくりもないじゃない」
「あ、あぁ…………」

何を頼もうとしてたのか?
あまり、考えたくはなかった……。

「だから、専門じゃないけど、そういうことしないで子供を作ればいいんだって思ったの」

マリアンヌ殿の専門って、いったい何なんだ……。

「ホントに、ごめんね」

うつむいて、しおらしくそう言うマリアンヌ殿は、いつになく綺麗だった。
思わず抱きしめてしまいそうなのを、理性で押し留める。

すると、マリアンヌ殿が顔を上げ、うるんだ瞳でじっと俺を見つめた。

「ただ、ヴォルクがこれ以上獣人を増やしたくないっていうのは、私は納得できない」

はい?

「私は獣人を増やしたい。だって、ヴォルクの小さい頃は、とっても可愛いかったって、イングリフさんが言ってたんだもん」

「…………まさか、それで子供が欲しかったのか?研究のためじゃなく?」
「研究も大事だけど、ヴォルクの顔でネコ耳がついてて足元じゃれついて愛嬌ふ
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