雨が止むことはないよ。
俺が君と、話していたいと思う限りね。
【雨の降る日】
天気予報では、今日は雨なんか降らないはずだったのに。
買い物から帰る途中、突然に雨が降り出した。
傘を持っていなかった私は、慌てふためきながらも近くのバス停に、雨宿りのために逃げ込んだ。
するとそこには見知った顔が、
「やぁ。」
クロセルが雨宿りをしていた。
にこっと笑って、私を手招きするクロセルは傘を持っていない。
「クロセルも傘持ってなかったんだ。」
「まぁね。君も持ってなかったんでしょ。」
「‥‥‥うん。だって、天気予報では晴れだったし。」
「そうだね。」
このバス停の前を通りがかった瞬間、降り出した。
通り雨だと良いんだけど、と思いながら私はバス停の屋根から空模様を窺う。
周りの景色が霞んで見えるほど、激しい雨、スコールと言った方が良いかもしれない。
とりあえず買ったものが濡れなくて良かったと、私は紙袋を覗き込む。
調香の材料は濡れてしまっては使い物にならなくなってしまうから。
「君もさぁ、運が悪いよね。雨に降られるなんて。」
「そう?ちょうどバス停があったから運がいいと思うけど。」
「そう?」
よく分からない切り出し方で、クロセルに話しかけられる。
クロセルは学校の女生徒に人気があるらしいのだけれど、よく分からない。
顔立ちが綺麗だって事は、一応、いちおう認めるけれど。
性格はつかみどころが無いし、何だか私、子ども扱いされているような気がするし。
それに、他の人はどうってことないのに、クロセルと二人だと妙に落ち着かなくて話しにくい。
どんな話題で話していいのか、分からなくなる。
「そういえば、この前の香水ありがとう。ちゃんと使わせてもらってるよ。」
「‥‥‥それは、どうも。」
鼻腔をくすぐる、少し甘くて流れるように爽やかな香り。
自分が作った香水の匂いを忘れるわけない、確かにこの前クロセルに渡した香水だ。
香水を作ったときのインスピレーションで、あげる人を決めているけど。
今思えば、クロセルに合いすぎる香りで、自分の腕を信頼できると共に、ちょっと悔しいような気持ちにもなる。
「‥‥‥雨、止まないね。」
「そうだね。」
屋根から滴る水滴を眺めながらの呟きに、律儀にクロセルが応えてくれる。
ふと見上げれば、髪の毛を掻き上げたところだったクロセルと目が合う。
にっこり微笑まれて、もともと綺麗なその顔に、思わず頬が熱くなる。
ぱっと顔をそらしたら、小さな笑い声が私の耳に聞こえた。
‥‥‥な、なんだか、早く此処から逃げ出したい気分になってきた。
こういう時、そう突然雨が降った時なんかはキアが迎えに来てくれるのに。
何故か今日は来る気配がない。
どうしたものかと溜息を吐きながら、止むなんて心遣いがまったく感じられないスコール模様の空を見上げて、もう一度。
「ね、あの人達何してるのかな?」
「さぁ?この時間ってバスも来ないのにバス停で待ってるなんて‥‥‥」
「日差しが強いから、休憩中とか?」
「あぁ、そうかも。」
バス停から少し離れた道を歩く女の子二人は、
そう言いながら、綺麗に晴れ渡った空を見上げた。
「‥‥‥雨、止まないね。」
「そうだね、たぶん当分止まないよ。」
クロセルは薄く微笑みながら、隣で荷物を胸に抱える少女を見下ろした。
「‥‥‥なんで?」
困っているような、少しだけ不安の宿った瞳でクロセルは見上げられた。
「俺が君と、話したいと思ってるから。」
空はまだまだ、晴れ時々雨の幻覚。
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