法律事務所の庭に来てみると、いつものように彼はボーっとしながら座っていた。
その様子は初めて会ったときから変わらず、身構えなくてもいい感じというか。
安心してそばにいられる感じがした。
だから私は暇な時や、ふとした時とか特に用が無くても、
此処へやって来るようになっていた。
私が近づいて声をかけると、いつもの眠そうな瞳が私を見上げる。
「えへへ、また来ちゃった。」
「‥‥‥うん。」
特に反応を示すでもなく、小さくうなづいた彼の隣りに私は座る。
そよ風が吹いて、私と彼の髪の毛をやさしく撫でる。
眠くなってしまいそうな、午後の温かい空気の中で、私はぼんやりと考えた。
どうしてこの世界には、「人間」と「悪魔」なんて種族の違いがあるのだろう、と。
私の手伝いをしてくれているキアも含めて、このヴァラクもまた、悪魔の一人なのだ。
能力があるということ以外で、人間である私と何も変わらない。
「‥‥‥‥‥。」
けれど、そんなこと抜きにして、私はこの寡黙な少年はとても可愛いと思う。
女の子にしても良いのでは、なんて思うくらいに。
「‥‥‥なに?」
「え?」
ふと、その綺麗な瞳に見つめられて、不覚にもどきりと心臓が跳ねる。
いつの間にか私を見ていたヴァラクは、私の言葉を待っているのかじっとこちらを見ている。
‥‥‥悪魔の定義って、何なのだろう。
「何でもないよ。私もその子撫でていい?」
と、ごまかすように笑ってそう聞けば、ヴァラクは黙ってこくんと頷いた。
彼の膝に乗っているカメレオンにそっと手を伸ばして、その背中を指でつつく。
気持ち良さそうに目を閉じたカメレオンの反応は、なかなかに面白い。
調子に乗って頭をつついていると、カプリと甘噛みされた。
「痛くない?」
「うん、大丈夫。可愛いね。」
今度は、手のひらで頭を撫でてやると、こんどは本当に眠ってしまったようだった。
「‥‥‥嫌われなくて、良かったね。」
「うん。」
気がつけば、ほほが振れそうなほどすぐ近くにヴァラクの顔。
白くて、サラサラで、雪みたいな頭。
私は無意識のうちにその頭に手を伸ばして、髪をすくように、ヴァラクの頭を撫でていた。
「‥‥‥なに?」
「なんでもない、なんとなく撫でてみたくなっただけ。」
「‥‥‥いいけど。」
(本当に何も人間と変わらない、のに。)
すっと目を閉じて、頭を撫でることを許してくれたヴァラク。
それが、なんだか嬉しくて、それなのに少しむずむずする。
(何だろう、この気持ち。)
目を瞑るヴァラクの、優しい色の髪の毛。
吹き抜ける風と一緒に、決して気付かれないように。
風の匂いがするその髪の毛に、そっとキスを落とす。
「‥‥‥?」
「葉っぱが付いていたよ。」
「‥‥‥ふぅん。」
気付いているのかいないのか、珍しくヴァラクが自分から口を開く。
「‥‥‥また、僕の友達に、会いたくなったら来てもいいよ。」
「え?」
「‥‥‥嫌なら、いいけど。」
「う、ううん!来る、絶対!」
わずかに緩む目を閉じたままの彼の表情が嬉しくて、ヴァラクの頭を撫でながら、
私も一緒になって目を閉じた。
家族のような、愛しい感情。
でも、ほんの少し違う胸の痛み。
それは、うららかな春の日の午後のことでした。
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