彼方の走りに、彼方に追いつきたくて。
走って、走って、彼方の名前を呼ぶ。
振り返った彼方は、僕に笑いかけてくれるだろうか。
【おいかけっこ】
「先輩、最近記録の伸びが良いですね。」
「え、そうかな?ありがとう〜」
短距離の記録を計り終えて、僕は先輩のそばに駆け寄った。
タオルを首にかけつつ穏やかに笑う先輩は、今まで走っていたのがうそのように行き一つ乱れていない。
今年編入したてで陸上部に入ったというのに、その記録には目を見張るものがあると、僕は思う。
人の見た目をどうこう言うのは良くないとは思うけれど、正直言って先輩は見た目とてものんびりしていそうだ。
口調も、というか性格でさえ見た目を裏切らないマイペースぶりだ。
「この学校に来て友達も居ないし、どうしようかと思ってたけど。」
と、先輩はペットボトルに口をつける。
「この部活に入って良かった。神田君のおかげで記録伸びてるんじゃないかなぁ。」
「そ、それは先輩が頑張ってるからですよ。」
「いや〜ホントの事だよ。色々お世話焼いてくれて、私の方が後輩みたいだよ〜‥‥ん?部活的には後輩であってるのかな?」
「あはは‥‥‥」
そういう勘違いするような事も、突拍子もなく言ってくれるから困る。
ニコニコと笑っている先輩からすれば、本当に感謝の言葉でしかないのだろうけど。
先輩を好きになってしまった今、僕は先輩にどう接していいのかを悩んでいた。
それに、先輩は僕なんかよりもきっと陸上の才能がある。
この短期間での記録を見れば、それは一目瞭然だった。
僕はただ、先輩に追いつきたくて、今、必死に練習を重ねている。
「もうそろそろ、門閉まっちゃうねぇ‥‥神田くんもそろそろ帰る?」
と、先輩が僕に尋ねる。
「あ、いえ。僕はもう少し練習してから帰ります。」
「そっか、じゃあ気をつけて帰るんだよ!」
「はい、ありがとうございます。」
ひらひらと手を振って、こちらを振り返りながら部室のほうへと駆けていく先輩。
僕は、まだその手に小さく振り返すことしかできない。
『神田くん、一緒にアップしない?どうせ、今日も二人なんだろうし。』
『はい、疲れた時は甘いものが一番なんだよ、神田くん!』
『神田くん、ほら、おいてくよ〜!』
先輩は疲れを知らないみたいに、走って、走って。
追いつきたくて仕方ないのに、いつか、先輩に置いていかれるような気がしていた。
ハッと気がつけば、もう辺りは暗くなっていて、先輩が帰ってしまってからもう随分と時間が過ぎていた。
慌てて帰る準備をして、ろくに練習もできないまま急いで家路についたのだった。
次の日、やっぱり先輩は部活にやってきて一人練習を始める。
僕はその様子を眺めながら、自分の練習を開始する。
「ん〜今日は調子いいかも!!」
先輩は笑顔で短距離のコースを走りこんでいる。
と、そこへ千葉がどこからともなくやってきた。
「あ、千葉くん。も〜いっつも部活に来ないから心配してたんだよ!」」
「だから、別に入りたくて入ってるわけじゃねぇし。」
「またそんなこと言って〜」
最近思うようになったのだけど、先輩は千葉に対してはとても素直に感情を表している気がする。
そう、会って間もないころはそれこそ喧嘩でもしかねない勢いで。
それは、もしかすると千葉に対して心を許しているといっていいのかもしれないとも思う。
「神田くん?」
「え、あ、はい!」
気がつくと、すぐそばまで先輩が近寄ってきていて、事もあろうか僕の顔を覗き込んでいた。
「どうしたの、ぼーっとして。」
「い、いえ、なんでもないです。それより千葉は‥‥‥」
「千葉君なら練習もしないで、さっき帰っちゃったよ。ホントにも〜」
ほほを膨らませて怒りながら、千葉が去って行ったであろう方向を見つめる先輩。
怒っても全く怖くないし、むしろ可愛いとさえ思う。
いつもならここで『ま、いっか。練習練習!』なんて言うはずの先輩が、珍しく今日は何も言わずに少し真剣な顔で、僕のほうを振りかえった。
何かと思って、見つめ返せばその大きくて綺麗な瞳が僕を見つめ返してくる。
「ねぇ、神田くん。」
「は、はい。」
「私のこと好きって、本当?」
「‥‥‥‥‥はぁ?」
「さっき千葉君が、神田くんは私のことが好きなんだよって言ってたんだけど。」
千葉ぁー!!
と、思わず叫びそうになったが、それを抑えて僕は先輩に言った。
「あ、それは多分、千葉の冗談です。」
「なぁ〜んだ、まぁそうだよね。」
先輩は冗談を疑ってしまったことに照れてか、少しほほを赤くして笑った。
もしかしたら、千葉なりの心遣いだったのかもしれないけれど。
先輩の走りに追い付けない僕は、まだこの気持ちを伝える
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