あの子はいつも、そう、いつも。
この世界には自分を理解してくれる人なんて一人もいないって顔で、
庭園の中に、ぽつんと一人で座っている。
【 a lily bell 】
今日も彼は緑あふれる法律事務所の庭園の中に、一人で座っていた。
遠くから見たら、きっと真っ白な花なのではと思うくらいに、当たり前のように一人で座っていた。
法律事務所に来たついで、いつもそう言って彼に話しかけるけれど、帰ってくるのは楽しくなさそうな短い返事だけ。
それでもめげずに話しかけているのは、私なのだけれど。
「今日はお友達と一緒じゃないの?」
「午前中にたくさん散歩したから、今は寝てる。」
「そっか。」
とりあえず話しかけてはみたものの、やはりいつもの短い返事が返ってくるだけ。
隣に座った私は、手持ち無沙汰に手を組んで、空へと翳してみる。
『調香師の手は常に繊細でなくてはならない、繊細なものを大切に扱えるように。』と、常々師匠が言っていたのを、ふと思い出した。
それを思いながら自分の手を見ると、たまに調香師には向いていないのでは‥‥と、思ってしまうときもある。
街を歩いていれば、手が美しい人はたくさん居るし、知り合いの調香師でもみんな自分よりもきれいな手をしている。
「手、どうかした?」
「え?」
のんびりとした声に唐突に話しかけられて、間抜けな声を上げてしまう。
首をひねれば、思ったよりも近い距離に彼の白髪が見える。
顔が近いというだけで、彼に好意を寄せている私は必然的に顔に血が上る。
「あ、こ、これはちょっと火傷した、だけ。」
赤くなってしまいそうになるのを必死でこらえながら、指にいくつか巻いている絆創膏の説明をする。
すると彼は何を思ったのか、その白い手を私の手に伸ばす。
「早く、よくなるといいね。」
私と同じくらいに小さな、そして白くてきれいな手が私の指をなぞる。
今まで彼と話をしていて、触れることはおろか、会話が続く事も稀だった私は、どうしていいのか分からず固まってしまう。
あぁ、でもどうしてだろう。
「‥‥‥‥‥。」
冷たい、真っ白な雪のようだと思っていた彼の指は、確かに温かい。
慈しむ様に絆創膏の上から傷跡を撫でるその温かさは、私が感じている限り、どうやら嘘ではないらしい。
目を閉じれば、より感じる温かさと彼の感触は、この上なく私を幸せにしてくれた。
それはまるで、調香をしている時のように、私を満たしてくれる。
雪のように真っ白できれいなのに、花のように優しくて暖かい。
神話の中の名前同様、天使の羽をもっていても可笑しくないと思ってしまう。
「あ、ありがとう!私、もう行くね。」
「そう。」
ふと目に入った時計の針に、私がぱっと手を放すと、やはり変わらぬ一言。
「‥‥‥あの、また来てもいい?」
「うん、待ってる。」
「ま、またね!」
眠そうな瞳の真っ白な髪の彼に背を向けて走り出しながら、私は口を押えた。
悪魔さん、悪魔さん、さっきの一言は気まぐれですか?
それとも喜んでいいのでしょうか。
いつもの”うん”の後に”待ってる”の、たった一言。
庭園の中にまるで一輪の花のように、一人で座っているあなたの隣に、私はまだ寄り添っていてもいいですか?
「‥‥‥できた。」
そんな、今日の出来事を思い返しながら、調香したこの香水。
丁寧に抽出された香りの強いフラワーオイルの量を微調整して、私は手を休めた。
昼間、彼が撫でてくれた火傷の指は、驚くくらいにピリピリとした痛みが引いていた。
だから、そのお礼って言えば、また会いに行く理由になるかな。
いつも法律事務所の庭園に佇んでいる彼、ヴァラクを想いながら、彼をイメージして作った香水だったから。
名前は、一つしか思い浮かばなかった。
” a lily bell ”
真っ白で可憐な花の名の香水を、明日あなたに届けに行きます。
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