「ミルズさんのバカー!!」
踵を返してバールのドアへと向かったミルズさんの背中に向けて、叫ばれた言葉。
ミルズさんはもちろん、その場に居たセルトやモルガンさんまでもが”バカ?”と一瞬首をかしげた。
けれどもその一言に込められた色々な想いは、そこにいた誰もが感じることが出来るくらいに、切実だった。
「どうしてそんな事言うんですか!私、私は‥‥‥」
大きな声で叫んだせいか、感情が高ぶってしまったからなのか、
少女の口から、その先が出てこない。
一瞬足を止めていたミルズさんは、何も言わないでまた歩き出そうとしていた。
――‥‥‥いなくなってしまう。
このまま、もう会えなくなってしまうのではと。
何も伝えてない、ミルズさんの気持ちも聞いてない、それなのに‥‥‥そう思うと少女はいてもたってもいられなくて。
考えていたことも全部吹き飛んで、気が付いたら体が動いていた。
「行かないで下さい、ミルズさん!」
「え!?」
少女は、ミルズさんの腕をつかんで、それ以上行かせまいと必死で引き留めていた。
まさか捕まえに来られると思っていなかったのか、ミルズさんも驚いて少女を見下ろした。
ミルズさんが足を止めたのがわかると、少女は顔を上げてミルズをまっすぐと見つめた。
涙をいっぱいに瞳に溜めて、それでも強い意志を灯して。
「セルトは確かに大事な人です。でも、私はミルズさんが気になって気になってしょうがないんです!ミルズさんのことが、好きなんです。」
ギュッと、握りしめる手に力を込める。
少女の頬にポロリと一筋、涙が零れ落ちた。
「だからミルズさん、どこにも行かないでください!」
それでも少女はミルズさんから目を逸らす事無く、涙を零しながらじっと言葉を待った。
少女を見つめていたミルズさんは、少女の告白を最後まで聞いて小さく溜息を吐く。
「‥‥‥セルトから聞いたんだね、僕のこと。」
そして、少し嗜虐的な表情を浮かべて、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「‥‥‥大丈夫、どこにも行かないよ。少なくとも今は、可愛い同居人さんと過ごす時間を、自分から短くする事はないからね。」
「‥‥‥ほんと、ですか?」
信じられないのか、ただ確かめたいだけなのか、そう呟く少女。
ミルズさんは腰を折って少女の目線に合わせると、指でそっと涙をぬぐった。
その表情は、さっきとは違って穏やかで優しく、まるで夜空に浮かぶ三日月の光を思わせた。
「うん。今日は仕事を断りに行こうと思ってただけだよ。」
それを聞いた少女は、安心したのかミルズさんの腕を掴んだまま、
力なく、ペタリとその場に座り込んでしまった。
不安だった気持ちを吐き出すかのように、小さく息を吐いた後、顔をぱっとあげて、
「よ、良かった‥‥‥良かったミルズさん!」
まだ涙の流れる瞳を細めて、満面の笑みでそう言った。
そしてそのまま何故か電池が切れたように、ぱったりと前のめりに倒れてしまった。
((えええぇぇーー!!?))
それはもう、糸が切れた操り人形のように綺麗に、ぱったりと。
黙って成り行きを見守っていたセルトとモルガンさん含め、
さすがのミルズさんもその展開には、当たり前だが戸惑ってしまったようだった。
「え、えっと‥‥‥?」
微妙な笑顔のままで倒れた少女を見ている。
見かねたセルトは、カウンターを出て二人のところまでやってきて、
ミルズさんと同じく、倒れた少女の傍にしゃがみ込んだ。
少しの間黙って観察していると、案の定と言おうか期待を裏切らないというか、
少女からは規則正しい寝息が聞こえてきた。
ミルズさんの耳にもその寝息が届いたのか、セルトに苦笑を向けた。
「兄貴のことでずっと悩んでたみたいだし、兄貴のあの態度で昨日と今日はろくに寝てなかったみたいだからな。」
「あはは‥‥、この子らしいね。人のこと”バカ”なんて言っておいて寝ちゃうなんて。」
「それは兄貴に責任があるんだから、大目に見てやれよ。」
セルトは自然な動作で、眠ってしまった少女を起こすと、そのまま抱き上げようとした。
しかしハッとミルズさんの方を見ると、半分ほど抱き上げていた少女をほぼ無理やり、
ミルズさんの腕に押し付けた。
割とぞんざいな扱いを受けても、彼女は起きる気配が無い。
反射的に少女の体を受け取ったミルズさんは、きょとんとしながらセルトを見た。
ミルズさんが何かを言う間もなく、エプロンを叩きながら立ち上がったセルトは一言。
「兄貴が連れてってやれよ。」
言うが早いか、それだけ言ったセルトはさっさと厨房のほうに消えてしまった。
ある意味、少女の悩み事の一番の被害者であるセルトをそれ以上引き止めないのが、
ミルズさんに出来るセルトへの謝罪のひとつだろう。
カウンターに座ったままだっ
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