あいあい傘して帰ろ |
私の好きな人は、部活に入っていないから、
毎日、毎日、私よりも先に、あの校門を抜けていく。 ‥‥‥雨の降る日も。 【あいあい傘して帰ろ】 「し、清水くん!これ、昨日家で作ったの、貰ってくれないかな?」 「へぇ、家でこんなの作るんだな、ありがとう。」 「え、えへへ。」 「あ〜清水くんだけ良いな!!」 「由美ちゃんのもあるよ、はい。」 「わーい!」 いつもの朝の、いつもの会話。 冬が迫った11月の朝の教室は、暖房がかかっているといっても、まだまだ寒い。 黒いマフラーを首に巻いた清水くんが教室に入ってくるなり、 私は昨日作った改心の出来のクッキーを差し出した。 上手に出来たのが嬉しくて、何個もラッピングしてきたから、 もちろん由美ちゃんと、まだ来ていない柳田くんの分だってある。 でも、感想が一番気になるのは、私にとっては清水くんなわけで。 味見をしたときは美味しいって思ったんだけど、清水くんはどうかな。 口に合わなかったら、どうしよう。 早く食べてほしいなと思う反面、今此処で食べて欲しくないような、 複雑な気持になってしまった。 「これ、休憩時間に食べることにするよ。」 「あ、う、うん。感想聞かせてね!」 にこりと小さく笑みを浮かべた清水くんに、少しだけ安堵する。 よかった、プレゼント自体は喜んでくれてるみたい。 私が席に着くと、由美ちゃんがこっそりと耳打ちしてきた。 「よかったね、清水くんに喜んでもらえて!」 「う、うえぇ?!な、ななな?!」 まさか、由美ちゃんに私の気持がばれてるなんて思いもしなくて、 私は素っ頓狂な声を上げてしまった。 そんな私の反応を予想していたのか、由美ちゃんは楽しそうに笑いながら、 「大丈夫、言わないよ。」 なんて、言う。 うわぁ‥‥‥なんだか、とっても恥ずかしいかも。 「そういえば今日、清水くんって傘持ってきてないみたいね、」 「え?」 「帰り、チャンスかもね。」 「???」 窓から空を見上げた由美ちゃんに倣って、私も空を見上げる。 暗い色の雲がかかった低い空は、今にも雪が降り出しそうだった。 「でーきた!」 「私も!」 今日も家庭科部でのお菓子作りは、楽しかった。 チェリーの乗ったクッキーを持ち帰り用の袋につめて、 自分達の使った台の片付けをして、帰り支度を始める。 「由美ちゃん、今日傘持ってきてる?」 「うん、雨が降り始めるのは夜からって言ってたけど、一応ね。」 「私もなんだ。でも、本当に降り出しちゃったね‥‥」 「そうだね。」 と、二人して見上げた窓の外では、冬の冷たい雨が、 しとしとと音も静かに視界に移る景色をぬらしていた。 既に葉を落とした枝だけの樹が寒そうに見えて、私は思わず、身震いをしてしまった。 「こんな中、傘無しで帰ったら寒いだろうなぁ‥‥‥」 「風邪引く‥‥‥って、あぁ!」 「え?」 「由美ちゃんゴメンね、今日は先に帰るから!!」 「え、う、うん。気をつけてね!」 「また明日!」 窓の外に見えたあの人の姿に、私は思わず声を上げた。 そして身支度もそこそこに鞄を引っつかむと、 ポカンとしている由美ちゃんにバイバイと、手を振る。 家庭科室を出て昇降口に向った私は、すぐに靴を履き替えて外へ飛び出す。 あの人の背中は、今ちょうど校門を曲がったところだった。 「何だったのかな‥‥‥って、なるほど。」 嵐のように教室を出て行った彼女を見送った後、ふと窓の外を見た香川さんは、 納得がいったように、ひとり頷いた。 「今日は確か図書委員会もあったんだ。だからこの時間に‥‥‥」 そしてもう一度、開けっ放しのドアを見つめて一言。 「清水くんの幸せ者‥‥‥!」 「待って!待って待って待って、清水くん!!」 「え?」 傘を差してたら走りにくいからと思って、清水くんに追いつくまでは、 傘を閉じたままで走ってきた。 振り向いた清水くんはというと、言わずもがな驚いていて、 鞄を傘代わりに、止まって待っていてくれた。 「は〜追いついた〜」 「どうかしたのか?」 「あ、えーっと、その‥‥‥」 驚いた顔のまま私に問いかけて首を傾げる清水くんに、 私は何を言うつもりだったのだろうと、思わず考えてしまった。 一緒に帰ろう‥‥は、ちょっと不自然かな、付き合ってるわけでもないのに。 傘差してなかったから‥‥で、此処まで追いかけてくるのも、へ、変かな。 な、何言うつもりだったの、私。 「?」 「え、えっと‥‥‥ひ、」 「ひ?」 「ひくしゅ!」 何を言おうか考えている間にも、走ってきた分ぬれた服から、 冷たい雨水が体を冷やしていたらしく、押さえる間もなく私はくしゃみをしてしまった。 は、恥ずかしすぎる‥‥‥!! 「何やってるんだか、傘あるなら使えばいいのに。」 「だって、清水くんが傘無いみたいだったから‥‥‥い、一緒に帰ろう?」 開かないままで傘を差し出すと、清水くんは溜息一つにそれを受け取る。 そして、音を立てて傘を開くと、それを私に差しかけてくれた。 「自分の傘なんだから、自分が濡れてちゃ意味ないだろ。」 「う、うん。」 「送ってくから‥‥‥行こう。」 「‥‥‥うん。」 好きな人のために、何かをするのって難しいことだと思ってた。 何かしようと思うたびに、何かするたびに、失敗したり複雑な気持になったり。 忙しく、くるくると感情が変わってしまう。 でも、ね。 「追いかけてきてくれて、ありがとう。 オレもあのままだったら風邪引いてたかも。」 「う、ううん!気にしないで!」 隣に並んだ彼方の言葉、それと笑顔。 たったそれだけで、私の心はいつだって晴れ渡る。 大好きだよって、伝えたくなる。 (まだ、言う勇気は、無いのだけれど‥‥‥) ちらりと見上げたその顔が、私の視線に気付いたのか困ったような笑みを浮かべる。 ぱっと逸らした私の顔は、たぶんとっても赤くなっていたと思う。 憂鬱だったはずの、冬の雨に感謝! (‥‥‥あれ、もしかしてコレ、あいあい傘?) |
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