読切小説
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ソロレスさんの深切
「…なんか、頭痛いな…」


めずらしくエグザに起こされる前に目が覚めたミカ。
清々しい朝とは裏腹にズキズキと痛む頭を押さえて、
よろめきながらベッドから降りて水を飲む。


「何だろう、疲れているのかな」


そんなことを思いながら窓際の椅子に腰かけると、
テーブルの上にあった書類にふと目がいく。


(あ…今日はアルト様の授業の日だ)


ミカが授業についてまとめた書類を手にとりパラパラとめくっていると
毎朝時刻ぴったりにエグザが起こしに来ることを思い出し、
何となく時計を目にする。と、不意にドアが開き。


「ミカ殿、おはようございます
 今朝はお早いでありますね!朝食の準備ができているであります」


毎朝時計の秒針までもがぴったりなこの時刻に起こしに来る
エグザを見て、彼女らしいなと思わず笑ってしまう。


「? 何かおかしいでありますか?」

「ふふ、なんでもないよ。おはようエグザ」


朝食を終え、身なりを整えてアルト様のところへと向かう。
朝から感じていたミカの頭痛は、より強いものへと変わっていた。


(頭が痛いし、何だか熱っぽい…。でも)


ミカの性格上、アルトの授業を体調不良のせいにして休むことは
どうしてもできなかった。
アルト様に迷惑をかけてしまう…そう思うとそんなことは
絶対にできない。
そしてなるべく周りには気付かれないよう、いつものように振る舞う。


「ソロレスさん、こんにちは」


「教授、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


いつもと同じ変わらない表情のソロレスを見ると、
どうやらミカの体調の変化には気が付いていないらしい。
ソロレスはミカをアルトのところへ案内しようと背を向け歩き出す。


(あ…嘘)


ソロレスに着いて行こうと一歩足を踏み出したその瞬間、
猛烈な眩暈に襲われ、目が眩んでミカはとっさにソロレスの背中にしがみついてしまった。


「教授…?」

「…っごめんなさい。何でも…ありませ…」


そう言って離れようとすると、再び頭に強い痛みがはしる。
体に力が入らずに、へたりと床に座りこんだまま動けなくなってしまった。


「ミカ教授…!?…失礼します」


ソロレスは困惑しながらも、ミカの赤い頬を見て何か感づいたのか
彼女の額に手を当てる、と熱があることを確信した。


「熱、ですね。今日の授業は――」

「…や。嫌です…授業は、ちゃんとやりますから」


そう言って立ち上がろうとするも、体に力が入らず。


「今日はお休みになってください。アルト様には私が伝えておきますので…」

「でも…っ」

「もしアルト様に風邪をうつしてしまったら、教授はいかがなされるんですか?」


そんなことを言われてしまえば、もう何も言えなくなってしまう。


「申し訳ありません。少し言い方が良くありませんでした。
 …私は、ただ貴女に無理をして欲しくないんです。それ位大切な…」


ソロレスは少し間をあけ、何かこらえるような表情で静かに呟いた。


「大切な、存在なんです…アルト様にとって」


今までにミカが見た彼の表情とは全然違う、脆くて、触れれば壊れてしまいそうな
その表情に、ミカは何か心の底に小さな痛みを感じた。


「…部屋まで、お送りしましょう。立てますか?」


よろよろと立ちあがると、やっぱり立っているだけでも頼りない。
歩こうにも、体が言うことを聞いてくれず。
ソロレスはさっきとはうってかわっていつも通りの表情で
ミカの背中を支えている。


「教授」

「…は、い」

「少し、我慢していただけますか?」


ミカが返事をする前に、ミカが朦朧とした意識の中で感じる
体が浮き上がる感覚。


「…っ」


ソロレスはミカをいわゆる――『お姫様だっこ』で抱き上げ、
長い回廊を歩いて行く。
あまりにも軽々と持ち上げられ、恥ずかしさ顔を上げることができずにいる。
と、その時


「おや、ソロレス…と、その抱えているものは」

「急いでいますので。失礼」


ミカは取り残されたカリエンを横目に見ながら声にならない文句を
心の中で叫んでいた


("抱えているもの"って、何よその言い方!)


部屋の前に近づくと、ソロレスは少しためらいながらも
失礼します、と言ってドアを開けて中に入る。


「ミカ殿!?ソロレス様、何事でありますか!」


ソロレスはミカをベッドにゆっくり降ろすと、早々と立ち去ろうとする。


「熱があるようですので、しっかり休ませてあげてください。
 では…私はこれで」


「ま…ってくださ…」


ミカは背を向けたソロレスの上着の裾をぐっと掴んで彼を引き留める。
ソロレスが振り向くと、いつもとは違う彼女の上気した表情に
思わず胸がどきりとする。


「ありがとう…ございます、ソロレスさん」

「…いえ、どうか、無理なさらないでください。…では」


そう言ってソロレスは部屋を出る。
静まり返った廊下。まだ、両腕には彼女を抱いた感覚が残っていて。
さっきの教授の…表情を思い出し、それをかき消すように
回廊へと歩みを速めた。


数日後――


「あ、ソロレスさん!」


ソロレスが図書室で書物の整理をしていると、不意に後ろから声をかけられた。
その声の持ち主はすっかりよくなったようでにこにことほほ笑んでいる。


「すっかり、良くなられたようですね。
 王子も心配しておられました」

「はい!ありがとうございました。
 その…アルト王子の授業のことなんですが」

「心配なさらないでください。別の日に予定を入れました」

「本当ですか!良かった…ご迷惑をおかけして、すみません」

「いいえ、もっと…ご自分を大切になさってください。貴女は、
 アルト様にとっても…わ」

「私にとっても、大切ですからね」


ソロレスが言葉をつなげようとした瞬間だった。
いつの間にやらミカの隣にいる赤髪の男、がその声の正体らしい。


「カ、カリエンさん!?」

「"これ"は私のものですからね。
 自分のものにしようとしているのか分かりませんが…許しませんよ」

「…」


ミカには目もくれず、じっとソロレスを見つめたまま話すカリエン。
ソロレスは眉間に皺をよせて、何も言葉を発しない。
二人の間には何やら険悪な雰囲気が流れている。


「…返していただけますね?教授」

「え!?私ですか!?な、何を…」


二人の会話だと思っていたミカは自分に話がふられたことに驚く。
ふう、とため息をついてカリエンは話を続ける。


「前お貸しした本ですよ」

「あ…部屋にあります」

「では、今すぐ返していただけますか?大切な本なのでね」

「今すぐですか!?」

「ええ。…では、ここで待っていますので。
 ちなみに私はこの後用があるので3分しか待てませんが」

「さ、3分!?…もう!待っててくださいね!」

「あと2分54秒ですよ」


ミカはばたばたと図書室を出て行った。
この後彼女が戻ってきたときに、更に雰囲気が悪くなっていたのは
決して気のせいではないことで…


「何をお話されていたんですか?」

「「教授には関係のないことですよ」」


とっても機嫌が悪いカリエンと、いつもに増して無愛想なソロレスが
何を話していたのかは、誰も知らない。




12/12/31 12:31更新 / mika

■作者メッセージ
タイトルの「深切(しんせつ)」は、深く切なくなること という意味です。
(分かりにくいですが実は「親切」とかかっていたりします…気付かれた方は凄いです)

読んでいただいてありがとうございます。
感想やメッセージ、登場人物のリクエストなどいただければ嬉しいです。

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