「……シュイエ、何を隠し持ってるの?」
「!!(ビクッ)い、いえ、何も」
今日は、朝からシュイエの様子がおかしい。 何をするにもそわそわしてて、何かと小さなミスが目立つ。 どうやら懐に何かを隠し持っているらしい。それが原因だと思うんだけど、聞いても教えてくれないのだ。
「……?」
首をかしげる。 わたし、何かしたかな? それとも、見られちゃまずいものとか?
「ねえ、わたし秘密は守るよ。だから、それ見せて?」
言うと、シュイエはブンブンとちぎれんばかりに頭を横に振った。必死さがうかがえる。
「お、お見せするほどのものでは…」
そんなに見せたくないのかな? 結構仲良くなったと思ったのに…。 それは確かに、短い付き合いかもしれないけど、わたしはシュイエの横が落ち着けたし、憩いの場だった。もし、それがわたしだけの感情だったとしたらひどく悲しいことなんじゃないかな? 眉尻が、しゅんと下がるのを感じる。
「ごめんね、シュイエ。そんなに見せたくないんだったら、無理に見せなくてもいいよ。単なる好奇心だから」
「あ、いえ、その……すみません……」
シュイエは困ったような表情をした。
***
「……シュイエ、何を隠し持ってるの?」
彼女にそう聞かれたとき、正直、俺は心臓が飛び出るかと思った。
「い、いえ、何も」
かろうじて答え、視線をそらす。こういうとき、俺は嘘をつくのが下手だなと感じる。 ……彼女は、きっと知らないのだろう。今日がバレンタインだということを。 もしかしたら、彼女の国にも同じような行事があるのかもしれないが、少なくとも彼女の反応を見る限り、きっと気づいてない。 この国でバレンタインとは、とある聖人が死んだ日で、一般的には男性から女性へ、日ごろの気持ちをチョコレートと共に渡す日である。 だから、俺もがんばって用意してみたのだ。…しかし、渡せない。なんとなくタイミングを測りかねるのだ。 ああ、どうしたらいいんだろう。 分かってる。俺は怖いんだ。 断られてしまうのが。拒否されてしまうのが。 俺は彼女に甘えているだけだ。唯一、誰とも分け隔てなく接してくれる彼女に。
「ねえ、わたし秘密は守るよ。だから、それ見せて?」
ぶんぶんぶん、と首を横に振る。 わざわざ隠し持ってるのに、本人に見せるわけにはいかない。まだ、俺には心の準備ができていないんだ。
「お、お見せするほどのものでは…」
まだ、まだもう少し待ってください。俺の心の準備ができるまで! しかし、彼女は見る見る間に、今にも泣きそうな顔になってしまった。
「ごめんね、シュイエ。そんなに見せたくないんだったら、無理に見せなくてもいいよ。単なる好奇心だから」
「あ、いえ、その……すみません……」
ああ、もう何してるんだよ俺! どうする、どうしたらいい!? 悲しげな彼女の顔。泣きそうにうるんだ大きな瞳。隠したままの箱。
「…………そ、その…これ………」
―――かなりの葛藤の末、俺は腹をくくることにした。 おずおずと、できる限り丁寧なラッピングを施した箱を差し出す。 すると、彼女はうるんだままの瞳をきょとんと瞬かせた。 俺は、頬が熱くなるのを感じつつ、説明を始める。
「きょ、今日……バレンタイン、なんです。あの、あの、その、この国、では、男性からチョコレートをプレゼント、するんです。だから……」
しどろもどろの説明を、きょとんとした顔のまま聞いていた彼女は、なぜか唐突に笑いだした。
「あ、ははは、そうか、そういうことだったのか。く、くふふふふ」
「ほ、本当はお花を添えようと思ってたんですけど、貴方の好きなお花が分からなくて…」
「ふふふ、いいよ、お花がなくても。シュイエのチョコがもらえて、嬉しい」
本当に心底うれしそうな様子に、俺は照れくさくて視線をそらしてしまう。
「……俺も、喜んでもらえて嬉しいです……」
聞こえないと思って、消え入りそうな声で告げた言葉は、しっかり彼女の耳に届いていたらしい。彼女が、えへへ、と笑う声が聞こえたからだ。
「ありがとう、シュイエ」
彼女はそう言うと、ちょっと背伸びをするようにして身を乗り出し―――
「っ!!」
「うふふ」
―――軽く、唇を触れあわせたのだった。
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