レンズの向こう |
いつもカメラを持ち歩きながら、夢を語る彼女に、
いつの間にか憧れを抱いていた。 【レンズの向こう】 初めて彼女と会ったのは、彼女が街の不良に絡まれているのを助けた時だ。 同じ学校に通っていると知ると、何故だかよく目が行くようなっていた。 ボランティア活動だったり、犬の散歩中だったり、 露店で写真を売っているときだったり。 場所や状況は異なっても、なぜか彼女はいつも一生懸命に見えた。 天気が悪くてほとんど写真が売れていないであろう時も、 ニコニコとして写真を買ってくれた人に精一杯の笑顔を向けている。 動物の写真が欲しくて、一枚だけ彼女から買った時だって、 こっちがびっくりするくらいに、嬉しそうにする。 「あ、掌くんだ!お〜い!」 今日もちょっとした見回りのつもりで、路地裏を歩いていると、 どうやら写真を撮っていたらしい彼女が、俺を見つけるなり声をかけてきた。 首から自前のカメラを提げて、こんな薄暗い路地裏で何を撮っているのだろうか。 「暗くならないうちに帰れよ。」 前みたいに不良に絡まれたらどうするんだと思って、そう言えば。 「うん、あれからはちゃんと明るいうちに帰ってるよ。」 と、のほほんとした笑顔で返される。 本当に分かっているのだろうか。 そう思いながら、彼女の横を通り抜けようとすると、 何かを思い出したように、声を上げた彼女に引き止められた。 「あ、ねぇ掌くん、良かったら写真のモデルになってくれないかな?」 「は?」 その余りに突然の申し出に、思わず聞き返す。 振り返ると、彼女はダメかなという風に首をかしげる。 「写真なら、いっぱい撮ってるだろ、風景とか。」 「そうなんだけど、個展開くのには、やっぱり人物画も必要かなって思って。」 なんとなくモデルを頼めるような人がいなくて、と照れ笑いのような笑みを浮かべる。 ‥‥‥照れるところなのか? 「後姿だけでもいいの。だから、お願い!」 両手を合わせて頭まで下げて拝まれる。 後姿だけなら、と承諾すると、さっきまでの必死な顔はどこへやら、 いつもみたいに満面の笑みで応えてくれた。 「んー、もう少し露出多くして、光入れたほうが良いかな‥‥いや、でも人物は‥‥‥」 早速とりたいという彼女に言われるがまま、背を向けて立っていると、 ぶつぶつと独り言が背後から聞こえてくる。 こうして立っているだけでも、カメラを向けられているのだから、 たまにすれ違う人が訝しげな瞳で、俺達を見ていく。 早くして欲しいんだけど。 「‥‥‥まだ?」 「い、今撮るからちょっと待ってください!」 写真となると、妥協できない性格なのだろうか。 いや、たぶん写真じゃなくても、彼女は駆け引きナシに妥協できないのだろう。 ”個展を開くため”と言って、学校でも学外でも頑張っている彼女を見ているとそう思う。 「掌くん、ゆっくり歩いてみて。」 後ろからかかった声に、言われたとおり歩く。 しばらくしてカシャリという機械音と共に、 「‥‥‥お、あ!良いの撮れた!!」 嬉しそうな声が響く。 立ち止まって振り返ると、彼女がこちらに小走りで近寄ってきた。 「ありがとう掌くん!なんか、また一歩夢に近づけた気がするよー」 カメラを持って上機嫌に笑う彼女は、簡単に夢問い言葉を口にする。 何で、そんなに。 「何で、夢とか、叶わないかもしれないもの、追いかけてるんだ?」 どうして、そんなにも一生懸命なのかと、唐突だと分かっていながらも問いかけた。 案の定、彼女はきょとんとして俺を見つめる。 そしてうーん、と考えるようなしぐさをした後、持っていたカメラを俺に向けて構えた。 「こうしてさ、カメラのレンズを通して見る世界って、私にとっては特別なの。」 「?」 「例えば、昨日食べた夕飯、授業中のノートの落書き、いつもの晴れた空、 路地裏のちょっと薄暗い景色。」 いつもの彼女とは少し雰囲気の違う声音が、言葉を紡ぐ。 「例えば、掌くん。」 そう言った彼女が、見えないレンズの向こうで小さく微笑む。 「確かに叶うかどうかは分からないけど、何も残らないのかもしれないけど、 今、一瞬しかない景色を写真として残すことはできるでしょう?」 言いながら、シャッターを切った彼女がカメラから顔を上げる。 スッキリとした、迷いの無い瞳に見つめられて、目を逸らしたくなる。 いつからか、自分の力で一生懸命に夢を追いかける彼女に憧れを抱いていたこと、 だから、写真のモデルだって協力したこと。 ‥‥‥自分のことから逃げていること、全部見抜かれてしまいそうで怖かった。 「叶うかよりも、叶えてやるって努力することが大事なんだって思ってるから、私。」 「‥‥‥‥‥。」 「こ、答えになってない?」 俺が何も応えないことに不安を感じたのか、彼女が聞く。 努力すること、か。 「いや。‥‥‥そろそろ暗くなるから、もう帰れよ。」 「そうだね、帰らないと‥‥‥」 彼女がカメラやその他の道具を鞄にしまうのを待ってから、俺は歩き出す。 すると、もう一度だけ背中に声が掛けられた。 「掌くん!また今度、写真撮らせてね!」 俺が振り返ることを分かっていたのか、ちらりと後ろを向くと笑顔で手を振っている彼女がいる。 本当は、いつも見ていたレンズを覗く彼女の横顔。 何故いつもいつも、彼女に目が行ってしまうのかはよく分からなかった。 でも、眩しいくらいの笑顔を振りまく彼女に抱いていた強い憧れは、そんなに悪い気分じゃない。 なんとなく気分の良かった俺は、さすがに笑顔を作るのは難しかったけれど。 「!!‥‥‥またね!」 小さく振り返した手に、彼女がもっと笑顔を深めたことを、嬉しく思った。 その嬉しさの理由を掌くんが知るのは、もう少し後のこと。 |
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ほのぼの。
言葉数は少ないけど通じ合ってるような掌くんとのやり取りが好きです。 主人公への気持ちのに気づいてない掌くんだといい、とか思いながら描きました。 ここまで読んでくださってありがとうございました。 10/09/21 12:55 ミケ |