連載小説
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第二章

「あー。今月ピンチかも」
洩れる伊亜の呟きが静寂な時間を打ち破った。
財布の中には少ない小銭が転がっていた。
この間カフェに行ってから、ウエイトレスの男性オススメの紅茶とケーキが気に入って、無意識に2日おきほどに通っていた。
気付けば今月のお小遣いがなくなりそうな現状になっていたのである。
「でもあの紅茶美味しかったなあ・・・。ハマっちゃったかも」
嬉しそうに笑みを洩らす伊亜。
伊亜は妙なところが頑固で、特に大好きな紅茶の味にはうるさい。
今まで伊亜の好きな紅茶が見つからず、見つけることに協力してくれていた両親や兄も、伊亜が嬉しそうに家に帰って話すと微笑ましく聞いていた。
茶葉を買おうとウエイトレスの男性に尋ねたのだが普通に買える市販の茶葉で、探し出して自分で淹れてみたのだが男性が淹れてくれたような味にはならなかった。
やはりコツか何かあるのだろうと思い、諦めた伊亜は彼の味を楽しむことにした。
しかし友達を誘ってカフェに行く気にはどうしてもなれなかった。
一人で楽しむべきところだという気がしていたのだろう。
いつの間にか足がカフェに向かっており、ドアの前まで来ていた。
「んー・・・お金も少ないし、今日はやめておこう」
くるりと踵を返して歩きだそうとしたその時。
「あれ、いつも来てくれてる子かな?」
声を掛けられて振り返ると、初めて来た時に接客をしてくれた眼鏡をかけた黒髪の男性がいた。
「あ・・・こんにちは」
「こんにちは。今日は寄っていかないんですね」
男性がにっこりと笑う。
その笑みに伊亜は苦笑した。
「ごめんなさい。今月はちょっと・・・」
「あぁ、そっか。学生さんですもんね」
男性は片手に大量に食材が入ったレジ袋を持っていた。
「何ですか、それ」
伊亜が首を傾げて訊ねると、男性は「あぁ、これ?」と中身を広げて見せてくれた。
「買い出しに行ってたんですよ。足りなくなったら困りますから」
「わあ、いっぱいあるんですね。私もつくれたらなー」
あの美味しい紅茶、毎日飲めるのに、とは言わない。
「お教えしましょうか?」
「え?」
男性の言葉に、伊亜は素っ頓狂な言葉を返した。
「僕でよければ」
男性は先程と変わらない笑みを向けている。
どうしたらいいか分からずきょとんとした顔を向けていると。
「店長?何してるんですか」
がちゃり、とドアの開く音がして、中からウエイトレスの男性が一人。
「「あ」」
ウエイトレスと伊亜の声が重なった。
あの美味しい紅茶を淹れてくれた男性だった。
「あ、の・・・っ、今日はこれで失礼しますっ」
「え?」
「あ・・・っ!」
後ろから声をかけられそうな気がしたが、伊亜は構わず走ってその場を立ち去った。


「正樹くん、あの子に何かしたんですか?」
正樹と呼ばれたウエイトレスの男性に声をかけると、正樹は小首を傾げた。
「さあ・・・」
12/02/08 16:55更新 / 伊亜
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■作者メッセージ
第二章でした。やっと此処で人物の名前が出始めましたね。でもまだカップリングは決めてません。

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