読切小説
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掌くんの勘違い
それは、ある日差しの眩しい午後のこと。
今日は午前中で学校が終わり、ミカはどこに写真を撮りに行こうかと
わくわくしていた。

「今日は写真を撮りにいかれるんですか?」

「うん!そうだよ。どこにいこうかな?」

「ふふ、ミカさんとっても楽しそうです。滅多に行かないところに
 行ってみるといいかもしれませんね」

「確かに、いつも行くところが大体決まってるんだよね。
 あ、前ミルズさんに教えてもらった場所に行ってみようかな?」

「この国はあまり治安が良くないですから…。お一人で行かれるなら、
 気をつけてくださいね」

「うん、イナちゃんも家族でお出かけ楽しんでね!」

「はい!ではまた明日」


ミカはイナと別れて、鼻歌まじりで校門をくぐり抜けた。


「あ!掌くんだ。ばいばい!」


校門の柱に背中をもたれていた少年に声をかけると、
ミルズに教えてもらった街を見渡すことができる高台にある教会へと向かっていった。
この少年の返事がないことにはもう慣れてしまったらしい。
掌は自分も帰ろうかと柱から背中を離したちょうどその時、
見知らぬ人物を視界の端に捕らえた。
その男はきょろきょろと周りを見渡すと、さっき少女を見送った
まさにその方向に歩いて行った。
スーツを着ているから、学校の生徒ではないだろう。
だが教師でもなさそうだ。今の時間、大抵の教師は校舎内かあるいは
敷地内にいるはず。
掌はそのおどおどと歩く危うげな後ろ姿が気になって、なんとなく着いていくことにした。
どちらにしろ、帰路につくには同じ方向なのだ。
遠目にミカの姿が見える。
この路地裏をミカがいつも帰りに通っていることを掌は知っていた。
写真を撮られかけたこともあり、初めてミカに出会った場所もここである。
そんなことを考えながら、一つの疑問が思い浮かんだ。


(いつまで一緒の道なんだ…?)


さっきからスーツの男はミカとまったく同じ方向に歩いているのだ。
ミカがこの治安が良いとは言えない路地裏を通るのは、
下宿への近道であり、写真を撮るのに良い場所というのは分かる。が、
普通の人間ならまず通りたがらないだろう。
ここで掌はミカと出会うことになった理由を思い出した。
そして時々小走りで歩く様子は、まるでミカをつけているようにも見える。
少し警戒する気持ちが沸く、が、掌はもう一度考え直す。
もしかしたらミカの下宿が営んでいるバールに行くのかもしれない。
そう思い、ミカが下宿に帰るのに曲がるはずの角が見えるところまでくると、
掌はどっちみちここでミカと別れることになる。
…が、この日は違った。
ミカは下宿へと続く道とは正反対の道を歩いていく。
今歩いている路地裏のさらに細い道へと入って行った。
そして掌の前を歩いていた男も同じ方向へと歩いて行った。
どうやらバールへ行くわけではないらしい。
そしてこの男の行動を見て、掌はこのスーツの男がミカをつけていることの
確信が強まった。
男の背中がミカの曲がった角にいままでより早く走っていくのが見えて、

掌は舌打ちして走りだし、今まさにミカの肩を掴もうとしている腕を掴んで
こちらに振り向かせた。


「おい」

「…っ!?」

スーツ姿の男はいかにも困惑した様子で掌を見つめる。
一見気弱そうにもみえる風貌だが、ここまでミカをつけてきた男だ。
もしかしたら何か凶器を隠し持っているかもしれない。
掌はさらに警戒を強め、男の後ろに見える少女に目をやった。


「え!?掌くん…に、ケスタロージャさん!?」


「あ…。ミカ、さん」


ケスタロージャ、この男はそういう名前らしい。
知り合いなのか?でも知り合いならこんな後をつけるような真似するだろうか?
掌はそう不信感を抱きながら口を開いた。


「…知り合いなのか?」

「うん。ケスタロージャさんって言って、私と同じ日本人だよ。
 …でも、どうしてここに?」

「あ、あの…。渡し忘れていたフィルムを…渡そうと」

「えっ!そうだったんですか。ありがとうございます」

「…学校からずっと着いてきてたぞ、…この人。」

「そ、その…。歩くのが、速くて。着いて行くのが…精一杯だったんです。
 バールに向かわないみたいだったので…私、必死になって」

「そうだったんですか。だからこんな所まで…。
 今日はミルズさんに教えてもらった協会に行くので、こっちの道を
 通るんです。…あれ、そういえば掌くんはどうしたの?」


「! 俺は…別に」

「もしかして、心配で着いてきてくれたの?」

「…ちが」

「ありがとう、掌くん。」

「…」


掌はふいっと顔をそらすと、来た道を帰っていった。


「あ、あの、私、何か悪いことを…」

「えっ!?全然そんなことないですよ!フィルムありがとうございます」

「いえ…。どういたしまして」

ケスタロージャははにかんだ笑顔を見せると、ではこれで、と行って
バールへと向かう道を歩いて行った。



次の日、この日撮れた写真を手に、ミカは掌のもとへと駆け寄り、
「あの時の2人も写真に撮っておけば良かったなあ」と言うが、
相変わらずこの少年は無愛想で。
掌がミカのことを心配しているのをつゆ知らず、
「今日は路地裏を撮ろうかな!」なんて言うものだから、
掌は溜息をついて今日も路地裏で稽古をすることに決めたのだった。



12/12/31 12:32更新 / mika

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