A Tender New Year 〜愛の挨拶〜

できた。私はこれでいいかなぁと何度も手を加えては修正しを繰りかえした。


「うん、これでいい!」


机の上の時計の針は、もうそろそろ明日の0時になろうとしていた。ミルズさんはきっと、まだ起きているだろう。セルトには、年末年始なんて無いようだった。もっとも、この、『年末年始』なんていう風習は、私の国の風習で、留学先のこの街では、年が改まるのは9月であって、1月1日ではなかった。


「でもね・・・せっかくだし」


私は、そっと部屋の扉を開けると、暗い二階の廊下に、ミルズさんの部屋の扉から灯(あか)りが漏(も)れているのを確認して、それから、一つ向こうの、セルトの部屋の灯りが漏れていないかな、と、背伸びをした。あ・・・セルトも起きてるみたい。


床が軋(きし)まないように、それから、私の靴音がしないように、そっとバールに降りてみると、暖かな色をした灯りが、やはり点(とも)っていて、まん中のテーブルでは、ミルズさんが本を広げているのだろう、こちらに背を向けて、ゆったりと座っていた。

セルトは何処(どこ)かな?と、気づかれないようにそっと目の上に手を翳(かざ)して、カウンターの方を見遣(みや)ると、何やら明日の朝の準備だか、バリスタの時と相変わらずの作業をしているような様子がちらっと見えた。


「よしっ」


私は小さく深呼吸すると、バールの古い振り子時計が0時を告げる鐘をボーンと一つ打ったのを合図に、わっとバールに飛び出して、思い切り大きな声で、


「あけまして、おめでとうございます!」


そう、頭を下げた。


「ん?」


ミルズさんは、体をひねって背もたれに両腕をかけると、


「まだ起きてたんだ。眠ってるかと思ったのに。おめでとう」


そう言って、くすくすと笑った。セルトは、何だ?という風に、肩が重くて仕方ないよと首を左右に傾(かし)げながら、右手で左肩を軽く揉(も)む格好でカウンターから出て来た。そして、ミルズさんの腰掛けている椅子のあるテーブルまで来ると、向いの椅子を引いて、どさっと腰をおろした。


「おまえ、まだ起きてたのか。・・・あけましてって・・・新年は9月1日だがな・・・」


「うん!ここはそうだっ、て知ってたんだけど。私の国はね、この寒い時期に、新しい年が来るの」


「そうか」


「それでね・・・」


ミルズさんは、私とセルトを交互に見ると、何やら朗らかな笑みを浮かべて、これからどうなるのかな〜という風だった。いつもこうなんだから!と思ったけれども、ひやかされる前にっと思って(とはいえ、ミルズさんがからかうのは、たいてい、セルトだったけれども)、


「これ、二人に、新年のご挨拶」


そう言って、私はテーブルへ近づくと、そっと二枚のカードを並べた。


「ん?これは、何だ?」


「セルト、おまえ、知らないのかい?年賀状って言うんだよ」


「ふん・・・兄貴は何でも知ってんだな」


「だってね」


そう言いかけて、ミルズさんは口元へ、握り拳(こぶし)をあてるような格好をして、くすくすと笑った。何か身に覚えがあるのか、それとも、私の国の風習や習慣を調べたのかな・・・今だったら、ネットですぐ調べられるし、なんて思ったりもしていた。

セルトは、不思議そうな顔をして、私が渡した年賀状を、表にしたり裏にしたりしながら、しげしげと、見つめていた。ミルズさんは、私の描いた絵に、「ほぅ」と、小さく声をあげた。でも、先に口を切ったのは、セルトの方だった。


「これは・・・ガース・ウィリアムズの『ザ・ラビッツ・ウェディング』の挿絵の模写だな」


「え、セルト、知ってるの?!」


「ね、懐かしいよね、セルト」


ミルズさんも、絵をテーブルに置くと、肘をついて、両手の指を組み合わせて、そう微笑んだ。


「ええっ?!ミルズさんも知ってるんですか?私の国では、『しろいうさぎとくろいうさぎ』というタイトルの絵本なんです。私、この絵が大好きで。それに、干支(えと)、とか、十二支(じゅうにし)、というのが毎年あって、今年は卯(うさぎ)年だから、ウサギでちょうどいいかな〜って、思ったんです」


何でも、ミルズさんとセルトが幼い頃、なかなか眠ろうとしない二人を寝かしつける為に、お母様が読んで下さった本が、ガース・ウィリアムズの、『しろいうさぎとくろいうさぎ』だったそうだ。

なんだか私は、小さな二人の事を想像して、兄弟ゲンカなんかしていたら、可愛かったんだろうなぁと、思わず、くすっと笑ってしまった。


「何だ?」


「ううん、何でもない」


兄弟ゲンカをしたら、きっと、口で言い負かされて、手が先に出るのはセルトの方だったんだろうな。ミルズさんは、きっと、昔っから、セルトをからかってたんだ・・・なんて想像していた。

もっとも、本当のところはどうなのかな、と気にはなった。いつもの事で、思い立ったら、勢いですぐに質問してしまうので、今、訊(き)こうかなとも思った。

けれども、時間も時間だったから、私はまたいつか、二人にお願いして、幼い日のアルバムを見せてもらおう、そう、はっと気がついて、二人が優しいまなざしで、私の年賀状をじっと見つめていてくれるのを、嬉しく思った。

私は、二人の幼い頃の写真を見た事が無かった。そして、私の幼い頃の写真も、家族の写真も、二人に見せた事は無かった。いつか・・・そう、いつか見せあいこして、思い出話しがいろいろと出来るといいな、なんて思ったら、つい、涙で目がうるんでしまった。


「おや?ホームシックにでもかかったかな?」


さすがミルズさんは観察眼が鋭い。という事は、セルトにも気づかれてしまっているのだろう。私は、


「いえ、あの、な・なんでもないです。ちょっと、嬉しくて」


そうお茶を濁(にご)して、「おやすみなさーい」と、バタバタと階段を上って自室へ戻ると、手早く着替えを済ませて、鏡に写る自分を見つめながら髪の毛をとかし、ベッドにもぐりこんだ。





「セルト、大丈夫か?」


「ん?何が?」


「いや・・・あれこれ、思い出し過ぎてるんじゃないかと思ってね」


「・・・」


セルトは手元のカードを何度も裏表にしては眺めて、「ネンガジョウ」とつぶやいた。


「やっぱり、返事はすぐ、なのか?」


「そうだね。正月三が日中、か、正月の七日が明ける前に、同じ挨拶の葉書か、最近はメールだね。あの子の国の友達からは、今、グリーティング・メールが沢山(たくさん)届いてるんじゃないかな」


「そうか・・・」


「僕は、メールにするよ。セルトは?」


「少し、考える」


「じゃ、おやすみ」


「ああ」





ドアをノックする音がする。眠気が襲って来ていたから、錯覚かな、と思ったけれども、やっぱり、何だか遠慮がちに、私の部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「ミルズさん?セルト?」


扉に向かって声をかけても返事が無い。おかしいなぁと思って、恐る恐る扉を開けてみると、そこにはセルトが立っていた。


「なんだ・・・その・・・こういう時期に挨拶するのは初めてなんだが・・・今年もヨロシクな」


「ええっ、私こそ、いつもセルトに感謝してるんだよ!ありがとう、セルト、『旧年中はお世話になりました、本年もどうぞ、宜しくお願い申し上げます』」


「おまえ、ホントによく勉強してるんだな。それ、こっちの国じゃ、古語にあたるぞ」


「えへへ。語学を習ってるサラッオ先生に、挨拶文を添削(てんさく)してもらって、それで覚えたの」


「ふうん」


そう言うとセルトはふっと一歩部屋の中に歩み寄って、私を片腕でそっと奥へ押しやると、後手(うしろで)で、静かに扉を閉めた。


「聖夜は・・・独りにして悪かった」


「え?」


「俺も兄貴も、留守にしたからな。飾りつけも、してるヒマも無かったし。バールで働いていれば、派手に呑み明かす連中で賑(にぎ)やかだったんだが」


そう言うとセルトは、私の両手をとって、ふわりと胸に抱き寄せてくれた。

聖夜。しんしんと積もる雪をバールの窓から眺めながら、時に、街灯のオレンジ色の灯りが雪の上に影をつくっているのを、見つめたりしていた。

シーンバイン・・・さんから、写真家の集まるパーティの案内ももらっていた。イナちゃんの家でのパーティにもお呼ばれしていた。モルガンさんだって、一族でお祝いをするから来ないかって、図書館で勉強をしていた私に、招待のカードを下さった。

けれども、私は、学校の友達の「出かけようよ」という誘いさえ断って・・・。と、皆からの誘いを丁寧に辞退した、そんな夜だった。


「ケスタロージャさんも、仕事かなぁ。独りなのかなぁ」


そんな事をつぶやいてみたけれども、その夜は、セルトもミルズさんも、とうとう帰って来なかったようで、私はいつの間にか眠っていた。正直・・・寂しくないと言ったら、嘘だった。だから、セルトの腕の中の温もりに、思わず、思い出し泣きしそうになってしまった。


「そんなこと・・・言わないでよ」


そう言うと、セルトはますます強くぎゅっと私を抱きしめて、「すまなかった」と囁(ささや)いた。


「あのね」


「ん?」


「こんな新年の挨拶の、お返しって、初めて」


「あ・・・」


一瞬、私を抱きしめている事を、躊躇(ためら)うかのようにほんの少し足を引いたセルトの胸に顔をうずめると、私は、


「ううん、あのね、すっごく嬉しいの!」


そう思い切って言ってみた。


「ばか、正面から言うな」


「すぐそう言うっ!ばかじゃないもんっ」


「大声出すなっ」


セルトが押し殺した声でそう言うから、なんだか悔(くや)しくもなったり、愉快な気分にもなって、さっきまでの、うら悲しい思いも、吹き飛んでしまった。


「セルトのばーか。あっかんべーだ!!」


汚(きた)い言葉を遣(つか)うのは嫌いだ。けれども、私は、大好き、という言葉の代わりにそうセルトに、「いーーーーっだ」という顔をしてみせると、腕の中で、くすくすと笑ってしまった。まるで、ミルズさんの笑い方が伝染(うつ)ったようだ。


「ふん」


セルトは、ふっと口元に笑みを浮かべて、


「こういう、新年の迎え方も、これからは、あり、だ」


と照れくさそうに言った。私はセルトの腕の中から、少し顔を上げると、


「ね。セルトが『くろいうさぎ』で、私が『しろいうさぎ』みたいだね」


そう言って、思わず顔をほころばせた。


「なっ!!・・・おまえ、それ、絵本の終わりを知ってて言ってるのか?」


「あ・・・」


私は自分の頬(ほほ)が染まっていくのがわかって、どうしよう?!と焦って今度は慌(あわ)ててうつむいた。「あーあ・・・」そう思っていると、頭の上に、セルトの声が降って来た。


「それでも、いい」


「え?」


「『You are all mine!』」


「セルト・・・」





おまえは全部俺のものだ・・・おまえの全てを俺に預けてくれないか?・・・





私の国の絵本で、このプロポーズの言葉は、こう訳されていた。


『ずっと、ずっと、いつまでも!』


私達の間には、触れ合うお互いの温もりがあった。そして、新年の夜明けまでの闇を包み込む優しい時間が、ゆるやかに流れていた。


参考:<世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本>ガース・ウィリアムズ『The Rabbit's Wedding』及び『しろいうさぎとくろいうさぎ』(ガース・ウイリアムズ 著: イラスト、 まつおか きょうこ :翻訳、福音館書店:出版)


2011年がユーザーの皆様にとって良い1年となりますように。


先行で発表しました、「Remote Sensing 〜遠く離れていても〜 」【完結】、「裸婦スケッチ」 【完結】、 「No.80のZIPPO 〜Hard to Honest〜 」【完結】(素直になれなくて)、「イルミネーション・ロマンス」【完結】の、続編として、読んで下さると幸いです。

本編中で、ミルズがセルトに「思い出し過ぎる」と気遣っている事のあらましは、連載「Lucifer's Crest 〜ミルズ・クロニクル〜」12. Luna light prayer に、少し描いてあります。

連載「No.80のZIPPO 〜Unsettled〜」では、またひと味違うENDを考えてあります(うまく描けるかは謎ですが!)。

【謝辞】

タイトルから、「エルガー - 愛の挨拶」を連想しました、というメッセージを頂きました。私は、ミニー・リパートンの「Loven' you」が良いかなと思っていたのですが、まさに、エルガーの曲は、ピッタリの音楽だと思いました。

試聴はyoutubeなどで出来ると思いますので、お読みになられた方は、是非、二人の間に流れるメロディとして、想像に加えてみて下さいませ。

また、『しろいうさぎとくろいうさぎ』は、知っていたというメッセージも多く頂きました。セルトはずっと、『くろいうさぎ』のように、考え込んでいたのかもしれませんね、という感想には、「ぐ」っと胸に来るものがありました。

絵本を未見の方、公立の図書館や、書店の絵本のコーナーにあると思いますので、是非、ご覧下さい。

11/05/13 06:14 梨緒

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