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もうひとつの家族

ミケ

INDEX

  • あらすじ
  • 01 セルトママの憂鬱
  • 02 イナちゃんの発見
  • 03 モルガンさんの助言
  • 04 休憩挿話 〜ケスタロージャさんの相談〜
  • 05 のろのろと始まり
  • 06 どたどたと進み
  • 07 せかせかと向かい
  • 08 にこにこと終わる
  • 09 閉幕挿話〜すやすやと眠る〜
  • にこにこと終わる

    「ミルズさんのバカー!!」

    踵を返してバールのドアへと向かったミルズさんの背中に向けて、叫ばれた言葉。
    ミルズさんはもちろん、その場に居たセルトやモルガンさんまでもが”バカ?”と一瞬首をかしげた。
    けれどもその一言に込められた色々な想いは、そこにいた誰もが感じることが出来るくらいに、切実だった。

    「どうしてそんな事言うんですか!私、私は‥‥‥」

    大きな声で叫んだせいか、感情が高ぶってしまったからなのか、
    少女の口から、その先が出てこない。
    一瞬足を止めていたミルズさんは、何も言わないでまた歩き出そうとしていた。



    ――‥‥‥いなくなってしまう。

    このまま、もう会えなくなってしまうのではと。
    何も伝えてない、ミルズさんの気持ちも聞いてない、それなのに‥‥‥そう思うと少女はいてもたってもいられなくて。
    考えていたことも全部吹き飛んで、気が付いたら体が動いていた。

    「行かないで下さい、ミルズさん!」

    「え!?」

    少女は、ミルズさんの腕をつかんで、それ以上行かせまいと必死で引き留めていた。
    まさか捕まえに来られると思っていなかったのか、ミルズさんも驚いて少女を見下ろした。
    ミルズさんが足を止めたのがわかると、少女は顔を上げてミルズをまっすぐと見つめた。
    涙をいっぱいに瞳に溜めて、それでも強い意志を灯して。

    「セルトは確かに大事な人です。でも、私はミルズさんが気になって気になってしょうがないんです!ミルズさんのことが、好きなんです。」

    ギュッと、握りしめる手に力を込める。
    少女の頬にポロリと一筋、涙が零れ落ちた。

    「だからミルズさん、どこにも行かないでください!」

    それでも少女はミルズさんから目を逸らす事無く、涙を零しながらじっと言葉を待った。
    少女を見つめていたミルズさんは、少女の告白を最後まで聞いて小さく溜息を吐く。

    「‥‥‥セルトから聞いたんだね、僕のこと。」

    そして、少し嗜虐的な表情を浮かべて、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。

    「‥‥‥大丈夫、どこにも行かないよ。少なくとも今は、可愛い同居人さんと過ごす時間を、自分から短くする事はないからね。」

    「‥‥‥ほんと、ですか?」

    信じられないのか、ただ確かめたいだけなのか、そう呟く少女。
    ミルズさんは腰を折って少女の目線に合わせると、指でそっと涙をぬぐった。
    その表情は、さっきとは違って穏やかで優しく、まるで夜空に浮かぶ三日月の光を思わせた。

    「うん。今日は仕事を断りに行こうと思ってただけだよ。」

    それを聞いた少女は、安心したのかミルズさんの腕を掴んだまま、
    力なく、ペタリとその場に座り込んでしまった。
    不安だった気持ちを吐き出すかのように、小さく息を吐いた後、顔をぱっとあげて、

    「よ、良かった‥‥‥良かったミルズさん!」

    まだ涙の流れる瞳を細めて、満面の笑みでそう言った。
    そしてそのまま何故か電池が切れたように、ぱったりと前のめりに倒れてしまった。

    ((えええぇぇーー!!?))

    それはもう、糸が切れた操り人形のように綺麗に、ぱったりと。
    黙って成り行きを見守っていたセルトとモルガンさん含め、
    さすがのミルズさんもその展開には、当たり前だが戸惑ってしまったようだった。

    「え、えっと‥‥‥?」

    微妙な笑顔のままで倒れた少女を見ている。
    見かねたセルトは、カウンターを出て二人のところまでやってきて、
    ミルズさんと同じく、倒れた少女の傍にしゃがみ込んだ。
    少しの間黙って観察していると、案の定と言おうか期待を裏切らないというか、
    少女からは規則正しい寝息が聞こえてきた。
    ミルズさんの耳にもその寝息が届いたのか、セルトに苦笑を向けた。

    「兄貴のことでずっと悩んでたみたいだし、兄貴のあの態度で昨日と今日はろくに寝てなかったみたいだからな。」

    「あはは‥‥、この子らしいね。人のこと”バカ”なんて言っておいて寝ちゃうなんて。」

    「それは兄貴に責任があるんだから、大目に見てやれよ。」

    セルトは自然な動作で、眠ってしまった少女を起こすと、そのまま抱き上げようとした。
    しかしハッとミルズさんの方を見ると、半分ほど抱き上げていた少女をほぼ無理やり、
    ミルズさんの腕に押し付けた。
    割とぞんざいな扱いを受けても、彼女は起きる気配が無い。
    反射的に少女の体を受け取ったミルズさんは、きょとんとしながらセルトを見た。
    ミルズさんが何かを言う間もなく、エプロンを叩きながら立ち上がったセルトは一言。

    「兄貴が連れてってやれよ。」

    言うが早いか、それだけ言ったセルトはさっさと厨房のほうに消えてしまった。
    ある意味、少女の悩み事の一番の被害者であるセルトをそれ以上引き止めないのが、
    ミルズさんに出来るセルトへの謝罪のひとつだろう。
    カウンターに座ったままだったモルガンさんは、それを聞いて椅子から立ち上がった。
    コーヒーの代金をカウンターの上に伝票と共に置いて、いつもと変わらぬ足取りで、
    いまだにきょとんとしているミルズさんのところまで行くと、

    「お前は相変わらずだな。この子、大事にしてやれ。」

    「相変わらずって‥‥‥」

    「それじゃ、セルトと彼女によろしくな。」

    ミルズさんの反論なんて聞く耳を持たないように、
    一度だけミルズさんの頭に手を載せて、振り返る事なくバールのドアを出て行った。
    そして本当に最後に、少女と共に残されてしまったミルズさんは、
    抱えたままだった少女をそのまま抱き上げて、彼女の部屋へと向かうことにした。

    「‥‥‥ぅ?」

    「あれ、目が覚めた?」

    階段の途中、猛烈に眠そうに薄目を開けた少女にミルズさんが問いかける。
    その問いにふるふると首を振って違うことを示すと、
    寝ぼけているのかそのままミルズさんの首に手を回して、少女はぎゅっと抱きついた。
    本人にだけ聞こえるように耳元で囁かれた言葉に、思わず笑みをこぼすミルズさん。
    やっぱりそのまま再び眠りに身を預けた彼女を落としてしまわない様に、
    もう一度抱え上げて彼女の部屋のドアを開ける。
    電気の点いていない部屋をやわらかく照らしていたのは、
    窓から差し込んでいる、新月から生まれたばかりの、細い細い三日月の光だった。
    とりあえずベットに寝かせなければと、月明かりの中ベットを目指すミルズさん。
    この世の幸せを全て集めたような顔で眠る少女は、大好きなその人の腕の中で温かな夢を見ていた。





    セルトがいて、イナちゃんがいて、モルガンさんがいて、ケスタロージャさんも居て。

    そして一番大好きなミルズさんが、ずっとずっと笑顔で居てくれる夢。

    イタリアに来て出来た、もうひとつの大切な家族。

    ミルズさんとは、いつか本当の家族になれたら良いな、なんて。

    次に流れ星を見たら絶対お願いしよう!と、夢の中で少女は小さく拳を握り締めた。



    おわり。

    11/01/28 20:55 ミケ   

    ■作者メッセージ
    終わりました!ハッピーエンドが好きなので、そうなってたら良いなと思いつつ、
    ところどころ、本家さまの台詞を使わせていただきました。
    あ、「せかせかと向かい」で作っていたミルズさんの誕生日祝いの料理は、
    次の日にみんなで美味しくいただきました。

    おまけとしてもう一話つけていますので、よろしければそちらもご覧ください。

    それでは、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
    皆様の今日が、良い一日でありますように!  (・ω・)ノシ
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