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もうひとつの家族

ミケ

INDEX

  • あらすじ
  • 01 セルトママの憂鬱
  • 02 イナちゃんの発見
  • 03 モルガンさんの助言
  • 04 休憩挿話 〜ケスタロージャさんの相談〜
  • 05 のろのろと始まり
  • 06 どたどたと進み
  • 07 せかせかと向かい
  • 08 にこにこと終わる
  • 09 閉幕挿話〜すやすやと眠る〜
  • せかせかと向かい

    彼方が教えてくれた、景色の良い場所。

    彼方が直してくれたパソコン。

    朝、階段から降りてくる彼方が私に掛けてくれる優しい声。

    夜、お帰りと向けてくれる笑顔。

    下宿すると決まったとき、「ようこそ。」って言ってくれたこと。

    全部が、嬉しかったんだよ。





    どこか上の空の様子で、包丁を握る少女を、セルトははらはらしながら見つめていた。
    あの日、ミルズに盛大に誤解されてから、当たり前だが目の前の少女は元気が無い。
    あの日の夜は泣いていたのか、次の日の朝は目が赤かった。
    けれどいつものように、元気を装って挨拶をして、学校へ出かけていった。
    事情を知らない人間から見れば、少女はいつもと変わらぬ様子に見えたことだろうと思う。
    けれど、事情を知っているからこそ、セルトはかける言葉が見つからなかった。
    それでも何を考えているのか、あの日話していたミルズの誕生日を今日に迎え、お祝いの為の料理を少女は作っている。

    「‥‥‥おい、大丈夫か?」

    「うん、こう見えても料理は得意なんだから!」

    そのことじゃない。
    と言いかけて、余計に気を遣わせてしまうかと口を噤んだセルトは、自分の手元を見下ろした。
    少女に言われて作っているミルズの誕生祝いの料理、気分のせいかいつもより手際が悪いと自分でも思う。
    とりあえず、スープを作る為の鍋に切り終わっていた野菜を放り込むと、火にかけた。
    蓋を閉めて、もう一度となりの少女を見やれば、視線を落として切りかけのオレンジをボーっと見つめていた。
    そして、静かな声でポツリポツリと話し始めた。

    「私ね、ミルズさんは大人だから、大切だって思ってる気持ちは、言わなくても分かってくれるものだって思ってた。」

    それは、少女がまだ子どもゆえに思い込んでいた勘違い。

    「でも人って完璧なわけじゃないから、それじゃ伝わらない事もあるんだよね。」

    伝えなかった事、言えなかった想い、それ故に消えてしまった感動。
    生きていればそれは日常茶飯事に起こるし、忘れてしまった事だって沢山あるだろう。
    だからこそ、伝えたい想いはきちんと伝えなくては、その想いは自分の中で泡のように消えていってしまう。

    「ミルズさんには、ミルズさんの考えている事があるんだって分かるよ。でも‥‥‥」

    ”言えない事で、色んなものに蓋をして誤解したままなんて哀しい”と、それが彼女の答えだった。
    それを聞いてセルトは、少女の頭に手を置いてぐしゃぐしゃと撫でた。
    こ、子どもじゃないんだから!?と抗議の声を上げる少女に優しい笑みを浮かべて、
    頑張れよ、といつかと同じ言葉を短く贈った。
    その言葉に何かが吹っ切れたのか、考えるように目を閉じて、少女は力強く頷いた。
    少女は自分が小難しい、遠回りな駆け引きは出来ないことも知っていた。
    正直に、この気持ちを伝えるしかないんだ、と。





    「もう全部買ったかな‥‥‥」

    ありがとうございました、という言葉を背に受けながら店を後にした少女は、
    紙袋に入った荷物を抱えながら大通りを歩いていた。
    ミルズさんに誤解されてしまったあの日から、既に3日が経っていた。
    色々話したいことがあるのに、あの日から少女はミルズさんに会うことが出来ないでいた。
    それというのも、ミルズさんがバールに帰ってこないからというのが、一番の原因。
    セルトに聞いたところ、昼間も一度も帰ってきていないらしい。
    少女は溜息も出ないほど心配だし、不安だった。
    けれど、ミルズさんの行くところに当てがあるわけも無く、探そうにも探せない。
    どうしたものかと、荷物を持ち直してふと通りの向こうを眺めた時だった。

    「‥‥‥ミルズさん?」

    人混みにまぎれて、見間違うはずのない顔が見えた。
    声をかけようと思ったものの、ミルズさんは少女の知らない人たちと話していて、
    なんだか、声を掛けられるような気軽な雰囲気ではなかった。
    この前の事が気になって、少女の足を迷わせる。
    そうしている間にも彼らの話は終わったようで、短く会釈をして彼らと別れた後、
    人の流れに合わせるように、ミルズさんも向こうへ歩いていってしまった。





    「セルトセルト!」

    「だから落ち着けって、いつも言ってるだろ!」

    買い物から帰るなり、いつも通りドアを開けっ放しにしてカウンターまでかけてくる少女。
    テンプレどおり落ち着けといってみるが、今までそれが効果を示したことは無い。
    夕食を終えたところらしいモルガンさんが、カウンターでセルトの言葉に苦笑した。
    そんなモルガンさんを恨めしそうに一瞥して、今度は何だとセルトが聞けば、
    さっきミルズさんを見たのだと、少女は話し始めた。

    「それで、結局声は掛けられなかったんだけど。」

    「‥‥‥‥‥。」

    「セルト?」

    「兄貴、帰ってくるかもしれないけど、すぐにまた出て行くかもな。」

    「え?」

    「それに、今度は何年も帰ってこないだろう。」

    「な、何それ!どういう事!?」

    セルトとモルガンさんの突然のカミングアウトは、少女を混乱させた。

    「本当は、兄貴が自分で話すほうが良かったのかもしれないけど‥‥‥」

    そう切り出したセルトが少女に話したことは、今までで一番、少女の心を締め付けた。
    留学生としてバールに下宿することになった少女が、ここへやってきた日、
    自己紹介も含めて挨拶をしたミルズさんが”小説家”と名乗ったのは、嘘だったこと。
    その理由は、”本当のことを言ったら気味悪がられるかもしれないから”だということ。
    本当の仕事は、政府や警察機関からの依頼をこなす”ハッカー”だということ。
    少女が見たミルズさんと話していた人は、ミルズさんに”仕事”を頼みに来た人だろうとセルトは言った。

    「‥‥‥兄貴が心配でも、行ってる間は連絡取れないし。」

    「‥‥‥‥‥。」

    セルトやモルガンさんがミルズさんを本気で心配していることぐらい、少女にも分かった。
    ミルズさんと話をしたかった、こんな気持ちのまま何年も合えなくなってしまうなんて、
    どうしても納得がいかなかった。
    もう望みなんて無いことは分かっている。
    でも、だからせめて、ちゃんと会って話をしたいと思った。

    「あれ、お邪魔だったかな?」

    ふいにガチャリと空いたバールのドア、少女の背後から聞こえてきたミルズさんの声。
    見れば、カウンターに歩いて来ながら何やら書類を小脇に抱えている。

    「ごめんね邪魔して。すぐ出て行くから安心して。」

    「あ、あの、ミルズさん‥‥‥」

    困ったような笑みを浮かべながら、カウンターまでやってきたミルズさんは、隅に置いてあったペンで書類に何かを書き込むと、それを持ってまた踵を返した。

    「それじゃごゆっくり。セルト、今日も晩御飯は‥‥‥」

    ドアの手前で振り返りながら、ミルズさんがそう言った時だった。





    「‥‥‥ミルズさんのバカー!!」

    場違いなくらい大きな声が、静かだったバールに響いた。



    つづく!

    11/01/21 09:01 ミケ   

    ■作者メッセージ
    この話で終わらせるつもりだったのですが、長くなったので分割しました。
    起承転結のはっきりしない物語ですみません(・ω・;)
    展開の読めそうな終わり方かもですが‥‥‥完結予告としては、次が最後です。

    ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
    次もお付き合いいただければ幸いです。
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